ただ互い想い合う、そんな愛の在り方もある。『日の名残り』の感想

月夜の下の男女

秘められた想い、それは決して語られることのない想い。

カズオ・イシグロ原作、アンソニー・ホプキンス主演『日の名残り』(The Remains of the Day、1993年)の感想です。

あらすじ

1950年代、大邸宅で執事として働くスティーブンス。ある日、彼の元に一通の手紙が届く。

手紙はスティーブンスとともに働いていた女性、ミス・ケントン(ミセス・ベン)からのものだった。

スティーブンスはミス・ケントンのとの日々を回想。

2人はかつて互いを密かに想いあう仲であったが、結局2人は結ばれることなく、ミス・ケントンは結婚。それから20年の時が流れ、手紙をきっかけに二人は再会する・・・。

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感想など

愛の告白もラブシーンもない、しかし、スティーブンスとミス・ケントン、互いを思う2人の在りようが胸に染みる映画。

この映画の主人公、スティーブンスはイギリス貴族の大邸宅の執事をつとめる男。自分の感情を表に出さず、日々真面目に職務をこなしています。

そんなおり、ミス・ケントンがスティーブンスの元で働くことになり、最初は折り合いが悪かった2人ですが、だんだんと気持ちが変化。

ミス・ケントンは少しずつスティーブンスに好意を示すようになるものの、スティーブンスは執事という仮面をつけ、感情を全く表に出しません。

それでも、感情は完全に隠しきれるものではなく、ところどころ、スティーブンスが感情を揺さぶられている様子が分かります。

映画の中盤、スティーブンスが休憩中一人本(切ない恋愛小説)を読んでいるところ、「本を見せて」と近づくミス・ケントンが近づくシーン。

決して自分の感情を表に見せないスティーブンス、でも無表情に見える瞳の奥から感じられる感情の揺れは、「スティーブンスもミス・ケントンのことが好きなんだろうな」ということが伝わってきます。

押し殺した感情も完全に殺すことはできなくて、ケントンが求婚を引き受け結婚することを決めたことをスティーブンスに告げるシーンでは、声がかすかにかすれて声が不安定に。ほんの一瞬のことですが、衝撃を受けて怯んだ様子が表に。

映画の最後、ミス・ケントンと再会したスティーブンスですが、それでもはっきりと自分の気持ちを語ることはありません。感情表現をすることなく、ずっと自分の感情を押し殺して、裏側に隠しています。

それでも、スティーブンスが気持ちをハッキリと語らないからこそ、スティーブンスの秘めた思いは、映画を見ている私たちに、ストレートに伝わってきます。

映画の最後、彼女と一緒に働くことが不可能になったことを伝えられたとき、その表情、目の動きから、ハッキリと失望が滲み出ています。

だからこそ、彼女に「人は皆人生で悔いがあります」と一言だけ語る言葉は本当に重い。車に乗って別れるミス・ケントンを見送る場面、「さよなら、さよなら」と言うシーンは心をえぐられてしまいます。

「もし、あのとき・・・」と思っても、時計のハリを元に戻すことはできません。原作の小説で語られているように、「今の幸せに満足するしかない」ものなのかもしれません。

いろんなことがあって、思うようにできなかったこと、後悔することがある。やり直したいと思えど、時は流れ、気がつけば、何もかもが変わっている。人生はそういうものなのかもしれませんね。