妻、父、思い出。喪って孤独になることの意味を問う。
村上春樹原作、イッセー尾形、宮沢りえ主演『トニー滝谷』(2005年)の感想です。
あらすじ
ジャズミュージシャンの息子として生まれたトニー滝谷。彼はその奇妙な名前から周囲と上手くやっていけず、孤独を抱えて成長する。
やがてトニー滝谷はイラストレーターとして成功し、女と恋に落ち、結婚する。彼はいよいよ孤独から抜け出し、新しい人生が始まったかに思えたが・・・。
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感想など
まるで小説を読んでいるかのような気分になる不思議な映画。
ハリウッド映画にあるような起承転結が目立つ分かりやすい話ではなく、終始静かで淡々と物語が進んでいきますが、それがとても心地良い。
気がつけば、映画があっという間に終わっていた不思議な感覚の映画でした。
この映画の主人公はトニー滝谷という男。彼はジャズミュージシャンの息子として孤独に育ち、孤独であることが当然のように生きていますが、彼は初めて結婚を考える女と出会い結婚することになります。
トニー滝谷と女、二人は幸せに暮らしているかのように思えるのですが、二人の結婚生活には一つだけ問題が。それは、妻が服を書いすぎること。服はいわゆる買い物依存の女で、次から次へと服を買ってしまいます。
そんな妻を止めることなく、男は妻の買い物依存を我慢しますが、妻に「服を買うのをやめたら?」と忠告。妻は夫の忠告に従って、買ってしまった服を返品。ところが、その帰りに不慮の事故が・・・。
妻との結婚によって孤独から解放された彼ですが、妻との暮らしを知ったばかりに、ますます孤独感に苦しむことになります。
喪失感から始まる物語
トニー滝谷は妻を失くした悲しみ、喪失感を癒やすため、妻の服が着れる女性を募集、妻の服を着て、トニー滝谷の身の回りの世話を依頼。
その募集に応募してきた女性は亡き妻そっくりの女性と出会うのですが、結局、自分の間違いに気がついて、女性には「もう忘れてくれ」と電話してしまいます。
その後、彼は大切な父親も失い、天涯孤独、一人ぼっちになってしまいます。
ずっと孤独で、そのことに対して疑問も抱いていなかった男。そんな男が、妻と出会い、結婚し、孤独ではない暮らしを経験。
毎朝妻の姿を見ることが日課になって、妻がいない生活が想像できなくなってしまう。だからこそ「妻がいない生活に戻ってしまう、孤独な暮らしに戻ってしまうのが怖かった」と語るトニー滝谷の言葉には、とてつもない重いです。
孤独から抜け出したものの、妻の死によってそれまでとは別の孤独を味わうことになったトニー滝谷。彼が、一人で妻が残した服の前でポツンと座っているシーンは不意にテレビの画面が歪んでしまいました。
結局、映画は何の救いもないまま、淡々とフェードアウトしていくのですが、何というか、悲しい話です。
孤独のなかで見つかるもの
もとから孤独で、それに対しては自然と受け入れていたトニー滝谷。でも、妻と出会い、失い、それによって孤独であることがどんなことなのか、その重さ悲しさを知ってしまう。
最初から喪うことが分かっていたなら、彼は一人のままの方が良かったのではないか?それとも、失うことが分かっていても、トニー滝谷は妻との出会いを求めたのか?
生まれてずっと孤独だったトニー滝谷。その彼が、妻と出会い、孤独から抜け出し、しかし妻の死によって再び孤独になってしまうのは、なんとも悲しい話です。
妻と出会う前、トニー滝谷が味わっていた孤独と妻を失くしたあと一人きりになってしまった孤独は別物で、大切な存在を失うこと、一人になってしまうのは、本当に辛く、悲しいものなんだと思います。
まぁでも、人生、こういうこと、ありますよね。ある人と知り合う。関係が深くなる。そしてその人がいなくなる。一人でいることが辛くなる。
ふと独りの寂しさを感じたら、夜にじっくりこの映画を。