『善人ほど悪い奴はいない』の読書感想

善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21)

哲学者、中島義道氏のニーチェネタ本です。

実際は、ニーチェの引用+中島氏の解釈といった感じで、ニーチェを題材にした中島本となっています。

いわゆる良い人、善人、一般的には「守るべき人」と考えられている弱者を対象に鋭い人間批判を展開する、刺激的な一冊です。

以下、本書の気になったところの抜粋と考察です。

弱者とは

・自分が弱いことをとことん自覚しているが、それを悩んだり苦しんだりすることなく、自分の弱さを正当化し、武器として使う人のこと。

→守られるような「弱い」存在ではない。

・弱者とはか弱い存在ではない。

弱者は出会う人を正確に分類し、相手に自分が太刀打ちできないとわかると「すぐに仰向けになる犬」なのだ。

P26

→相手に対して態度を変え、自分より強いものにはへりくだり、弱いものには傲慢な人間になる。まぁ、まわりでこんな人いますね。

・いじめについて。いじめの被害者は優しさ教の被害者。他人を攻撃すること、「悪」を働くことができない人。

いじめられる子は、そろっていい子であり、優しい子である。そういう子は「正しい」であろう。

いじめる子は「正しくない」であろう。世の中、いい子であり優しい子ばかりがいれば何の問題もないであろう。

だが、ー残念ながらーグリーンランドからチリの先端まで、人間の住む世界はそうなっていないのである。

P33

→世の中には人を傷つけるもの、人から奪う悪人がいる。そのことを子供に教えるべき。

世の中は理想の世界でもなく、殺人や強姦、「悪」がはびこる世界であることを教え、その被害に合わないよう、子供に教育すべきというのは全くそのとおりだと思います。

・世の中はそもそも最初から美しくない。

「正直者が損をする」と嘆く御仁がいるが、それが厭なら明日から「正直者」をやめるしかない。

自分が何の努力もしないで、世の中を嘆いてみせたところで、何の意味も価値もない。ただ頭の悪さと卑劣さを晒すだけである。

P34

→世の中は理不尽で絶対的に「正しい行動」はない。

・弱者にはこんな卑怯さがある。

弱者=善人は、じつに権力に敏感である。

なぜなら、彼(女)は保身だけを求めるから、村八分にされないように細心の注意を払わなければならないからである。

自分は弱いからそう動くしかない。

P44

→自分が弱いがゆえ、周囲に迎合しないと生きていけない。弱者が権力者に迎合するのは自然な行為。

・結局後悔しないで生きるには。

還暦を過ぎてから、いやじつは20年も前の40の坂を越えるあたりから、人は(とくに男は)完全に2つの人種に分れる。

1つは、いかに瑣末なものでも、いかに世間的に評価されなくても、自分の「天職」をすでに手に入れ、それをなるべく完全なものにするために残りの人生を懸けようとする人々である。

そして、もう1つは、そのようなものは何もなく、しかも「それでいい」と呟きながら、ただ老いていく人々である。

P58

→自分で決めた道を、自分で歩いている人と、人生に諦観している人。どこで違いが出るのか?

まぁ、「人生こんなもの」と見切りをつけたからといって、その人の人生に価値がないとは個人的には思いません。生きているだけでそれなりに大変なので。

寿命が尽きるまでは、「何を為したか」を人生の価値にするのはナンセンスな気がします。「したいことをやらなかった」という後悔だらけの人生なら、話は別ですが。

感想

たしかに、世の中では、弱い人は助け、強い人、力のある人をたたく傾向にあります。

しかし、実際には弱者は弱い存在ではなく、「弱さを武器にした強者」もたくさんいます。

彼らは「自分たちがいかに虐げられているか、世の中から不当な扱いを受けているか」を声高に主張します。

「弱者」という言葉はあくまでラベルであって、人の立ち位置によって強者が弱者に、弱者が強者になることもたくさんあります。

実際、義務を果たさず、

「俺は弱者だ。俺の人権はどうしてくれる!」

というような権利ばかり主張して真っ当に生きる人に不利益を与える人がいるという現実があります。

彼らは、本書で書かれているとおり、自分の「弱さ」を武器にして特別扱いを求める強き人々です。

「弱い人は助けよう。それが人道というものだ。」

「困っている人、貧しい人は施しを。」

「差別や貧困をなくそう!」

など、「良い」言葉はおいておいて、人間の姿をタブー視せずに考えるのは良い本だと思います。

理想主義ではなく、現実主義で人間の姿を考えたい方におすすめ。

本の購入はこちら

コメント