武田家滅亡のその後。『天正壬午の乱』を読む

天正壬午の乱 増補改訂版

武田家滅亡後の甲斐・信濃の所有権争いの行方の詳細。

平山優著『天正壬午の乱 増補改訂版』(戎光祥出版)の読書感想です。

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この本について

武田勝頼関連の著作で有名な著者による、天正壬午の乱の詳細を解き明かす本。

天正壬午の乱とは1582年に武田家が滅亡、甲斐や信濃は織田領になったものの、本能寺の変が勃発。

甲斐や信濃は大混乱に陥り、そのスキを狙い、北は上杉、東は北条、そして南から徳川が「領土を広げん!」と侵攻。

これらの一連の争いをまとめて天正壬午の乱と言っています。

それで結果的にどうなったのかというと北信濃は上杉。そして甲斐と南信濃は徳川。北条はいろんな意味で失敗続き、損をこいた役柄となっています。

これらの様子を歴史的な資料をもとに丁寧に事実を解き明かしていくのが本書。

なぜ最終的に北条ではなく徳川が甲斐や信濃の支配権を手に入れることができたのか、なぜ北条は失敗してしまったのか。

分かりやすく理解することができます。

感想など

『武田家滅亡』の著者ということで、勝頼滅亡後に起こった天正壬午の乱にも興味を持ち、読んで見ることに。

結果的に、1万に満たない軍勢(8000)だった徳川家康がなぜ勝利することができたのか。

そして4万以上の大軍を率いて侵攻したにも関わらず、負け続きでいいところがなかった北条の失策の原因は何なのか。

とても分かりやすく流れが理解できました。

350ページほどの分厚い本でしたが、上杉、北条、そして徳川、それぞれの動向が詳細かつ、資料に基づき、とても丹念に述べられているので、読書としては非常に理解&納得しやすい。

ちなみに、北条軍と対峙した徳川家康があの新府城に本拠を置いたといのは非常に興味深いところ。

新府城の築城が勝頼の「寿命」を縮めたと考えられていますが、戦略的な場所として、新府城は非常に重要であり、価値が高い場所だった。

そう考えると、歴史というのはいろいろ皮肉。

ということで、武田家滅亡→その後の甲斐・信濃がどのような歴史の渦に巻き込まれていったのか、さらに理解を深めることができます。

上杉、真田、そして徳川に興味がある方は、一読すればきっとワクワクする話を見つけることができます。

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