曖昧な幸福よりも頼りになる「快楽」という指針。『快楽主義の哲学』の読書感想

快楽主義の哲学 (文春文庫)

人生の目的探しは無意味?幸福より確かな人生の指針とは。

澁澤龍彦著『快楽主義の哲学』(文春文庫)の読書感想です。

この本について

「人生に目的なんかない、曖昧な幸福を探すよりも、今このときの快楽こそが人生にとって意味があるものである」という快楽主義の生き方について云々する本。

扇動的である意味非道徳的、しかし世の中、人間の正しい側面を理解するために参考になるメッセージが満載の刺激的な一冊です。

以下、本書の読書メモです。

はじめに(P18)

人生の目的、意味探しなど不要。

人は所詮動物。食って寝て異性と繁殖活動して寿命が来れば死ぬだけ。動物に目的などありはしないのだから、人生の意味とか、そんなことを考える必要はない。

人生に目的が欲しければ、それは自分で作る他ない。俺は人の役に立つ、○○を実現する、自分でレールを敷いて、目標をつかめばいい。

幸福とは(P22)

幸福とは早い話苦痛がないこと。苦痛のない状態こそが幸福そのもの。

快楽原則について(P30)

苦痛を避け快楽を求める、これが人間として自然な姿。

無意識において、人は皆快楽原則に支配されているが、文明が発達したおかげで、人は快楽を露骨に求めることは憚れるようになり、消極的に(社会で許される範囲で)快楽を求めるようになった。

幸福を見つけたい?それなら(P37)

幸福を見出す、それがしたいならメーテルリンクの青い鳥の話よろしく、身の回りのことをよくよく見てみればいい。そうすれば、自分の幸福を、身近なところで見出すことができる。

博愛主義は綺麗事(P41)

「汝隣人を愛せ」とか、「左の頬を殴られたら右の頬を差し出せ」とか、その手の博愛主義の話はインチキ。そんなものを実践していたら、自分の人生が破滅してしまう。

世の中はパワーゲームの社会で、誰かが勝てば誰かが負ける、誰かが得すれば誰かが損する仕組みになっている。

博愛主義を実践すれば、誰かを勝たせ、得させることはできるかもしれないが、自分の人生は大損する。

一番の恐怖は心のなかにあり(P65)

将来のことお金のこと、健康のこと、私たちはいろんなことを恐れる。が、恐れていたことが現実になれば、それは案外怖くなくなる。

私たちを脅かす一番の敵は私たちの頭が生み出す空想。ああだこうだ考えてしまう空想こそが、恐れの原因になっている。

感想など

刺激的なタイトルに興味を惹かれて手にとった本。

人生に目的などなく、幸福なんて曖昧なものを求めるのは意味がない。幸福なんて曖昧なもとを求めるのではなく、快楽を求めよ。快楽こそが人間の本能的な喜びを示すもの。

こんな感じで直球ストレート、清々しいくらいの気持ちの良さがともなく本です。

隣人愛は偽善とか、なかなか扇動的なメッセージが多々ある本なので、人によっては気分を害する内容があるかもしれませんが、冷静に、中立的な気持ちでこの本を読んでみると、案外納得できる話が多いのが印象的。

世の中、「我こそが正義である」という態度で悪いことをしている人はたくさんいるし、いわゆる善い人が人生で辛酸を舐めていることも多々ある現実を考えると、この本の主張も案外現実的だなぁ、という感じ。

「人としての正しい在り方」を求めて生きていくことも大切なのかもしれませんが、世の中の現実はこうだよ、人間にはこんな面があるよと、本書のような考え方を頭の片隅に入れておくことも、長い人生を味わう上で、大切なことなのかもしれませんね。

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