声に出して読む、たったそれだけのことが。『素読のすすめ』を読む

素読のすすめ (ちくま学芸文庫)

改めて知っておきたい音読の効果効能。

安達忠夫著『素読のすすめ』(ちくま文庫)の読書感想です。

この本について

江戸時代の寺小屋教育の良さを見直す本。

具体的には素読という、文字を声に出して読む学習がどれほど大切なのか。そしてどれだけ意味があることなのか。

具体的な事例をもとに、分かりやすく理解することができます。

以下、本書の読書メモです。

素読のポイント(P59)

素読は内容の理解はとりあえず後回しにし、古典を繰り返し音読すること。

このさいのポイントは、反復と持続。毎日少しでもいいので、長く、定期的に続けることが大切。

素読は三日坊主では効果が出ない。

学ぶはまねぶ(P84)

学習のポイントは真似ること。

それこそが学ぶことの本質で、新しいことを習い、真似て自分のものにする。それによって、新しい発想が生まれる。

この意味で、学習なくして独創的な発想を生み出すことはできない。

バイリンガルのデメリット(P113)

母国語だけでなく外国語も話すことができるバイリンガル。

ニカ国後を生まれながらにして話せることは良いことのように思えるが、自分のアイデンティティーがどこにあるのかが分からずに、自我に混乱が生じる。

他国の言語を学ぶことは、ただ言葉を学ぶことではなく、その国の文化や歴史など、背景的なものを吸収することでもある。

現代は英語など、子どもに外国語を教えたがる傾向があるが、それは良いことだけではない。子どもをバイリンガルにする弊害も知っておくことが大切。

素読の注意点(P119)

外国語を素読する場合、ある程度内容を理解して素読し、そしてリスニングをするさいも、内容がある程度分かるくらいでないと効果が出ない。

全くわけも分からずに外国語を聞いていても、効果を実感するのは難しい。

古典が教養である理由(P182)

古典を理解することは、いわば人類の叡智を理解することに等しい。

古典を理解し、教養を身につけることで、語彙力といった表面的な部分だけでなく、思考力、感性が磨かれる。

結果、あらゆる面で重層的になり、人間性に深みが出る。

感想など

音読の価値を改めて理解できる本。

なぜ昔の日本人の知的レベルが高かったのかというと寺小屋。そこで行われていた古典の素読こそが実は、日本人の教育レベルを押し上げているポイント。

「改めて素読の価値を見直し、実践していこう」というのが本書の内容です。

文章を声に出して読むことが、いかに大切なことなのか。教育的に意味があることなのか。その点について、とても印象に残っています。

そういえば、中学校の頃国語の授業で音読させられた『枕草子』とか『平家物語』、『徒然草』とかは、いまだにスッと口から出てきます。

こういうことで今考えると、やっぱり大切なことなんだと思います。

この意味で、改めて文章を声に出して読む。そんなシンプルなことが実は、とてつもなく意味を持っていることに気づきます。

人間の教養力というか、深みというのは、ほんとうにちょっとしたところで出てきます。

だからこそ、音読して教養を身につける。こうした目には見えない部分こそ、とても大切なことなのかもしれませんね。

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