「信念とは何なのか?」を考えさせられる『ソクラテスの弁明・クリトン』の読書感想

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

哲学の古典書、岩波文庫の『ソクラテスの弁明・クリトン』を読みました。

ソクラテスとは古代ギリシアの哲学者。問答法という独自の対話法でその思想を著述。弟子にはプラトンなどの哲学の偉人を育てました。

妻は悪妻で有名なクサンティッペで、ソクラテスは今で言うところのDV(家庭内暴力)を妻から受けていたようです。

クサンティッペとは

世界三大悪妻の一人(他二人はモーツァルトの妻コンスタンツェ、文豪トルストイの妻ソフィア)。

激しい気性の持ち主だったらしく、ソクラテスと口論した際、ヒステリーを起こしてソクラテスに水を頭からかぶせたという逸話が残っている。

このような自身の夫婦生活の経験からか、

結婚しなさい。良い妻であれば幸せになれる。悪妻だったら(私のような)哲学者になれる。

という名言(迷言?)を残しています。

そんな彼が、三人のアテネ市民に「自らつくった神を信仰し、国家の神々を冒涜した。若者たちに悪しきことを教えて、堕落させた」という罪状で訴えられてしまいます。

本書『ソクラテスの弁明』では、この裁判で死刑になってしまいます。

実際は事実無根、言いがかりで訴えられてしまったわけですが、ソクラテスは「悪法もまた法なり」と死刑宣告を受けれ入れます。

『ソクラテスの弁明』では、このときの裁判でのソクラテスの主張が、『クリトン』ではソクラテスに脱獄を勧めるクリトンとソクラテスの会話が書かれています。

「負ける」と分かっているとき、「この状況はぜったいおかしい」というとき、自分の信念を信じ、それを主張するのは並大抵のことではありません。

しかも、世の中は正しい行いをするものが損をし、汚い手段を使うものが得をするなど、日常茶飯事。

主張することで、悪い結果が待っている。それは分かっているが、自分が「コレだ!」と信じることを主張する。

この本を読むと、そんなことを思います。たとえ結果がどうであれ、ソクラテスの死に様は美しいものだったに違いありません。

人はいかなる位置にあっても、それが自ら最良と信じたものであれ、もしくはそれが指揮者によって指定されたものであれ、そこを、危険を冒しても、固守すべきであり、恥辱に較べては、死やその他の事の如きは念頭に置いてはならないのである。

P41

この言葉が全てを語っています。

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