『「勝ち方」の流儀 』の読書感想 – 勝ち負けに固執するとダークサイドに堕ちる理由

「勝ち方」の流儀 (イースト新書)

正しいのは感覚なのか理論なのか?

桜井章一&勝間和代著『「勝ち方」の流儀 』(イースト新書)の読書感想です。

この本について

運関係の本で有名な雀士の桜井章一さんとカツマーブームで有名な勝間和代さんの対談本。

運、勝こと負けること、人生で直面する問題について、感覚派と理論派、立場の違う二人がどのように考えているか、刺激的な対談を楽しむことができます。

以下、本書の読書メモです。

得ることは勝ちではない(P19)

人生では、「経済的な成功=勝ち」にはならない。

得たものが多すぎるとき、持つものが多すぎるとき、人は例外なく、その重さに苦しむことになる

「人と比べて」どれだけ得たか、勝ち負けという相対評価にとらわれている限り、嫉妬や不安、人生の苦しみから逃れることはできない。

勝ち組は簒奪者?(P24)

今の日本では、余分に取って貯めこむ人が勝ち組のように思われているが、余分に取る人はどこかで誰かのものを奪っている人。

彼らは自分自身が人から奪っていることをどこかで自覚しているので、「今度は俺が奪われるのでは?」と不安を感じている。

だから、「奪われないために奪い続ける」という選択を選んでいる。

金銭欲と権力欲、名誉欲は決して満たせない(P25)

人間の欲求は本来シンプル。食べて寝て繁殖して、この3つの欲はある程度満たされたら、欲は消えてしまう。

しかし、金銭欲や権力欲、名誉欲など、後天的に身につけた欲は、どこまで追い求めても、決して満たすことはできない。

一つの欲を満たせば更に「もっと」欲しくなる。勝てば勝つほど、どんどん欲が膨らんでいく。

優越感は劣等感と表裏一体(P28)

人より優りたい、勝ちたいという気持ちが強い人は、劣等感が強い人。劣等感があるから、人と比べ、競争し、勝ちたいと願う。

夢を追う条件(P38)

目標を追うとき、夢を目指すときは、本人が楽しみながら努力できることが絶対条件。

努力して苦しいこと、目標に囚われて苦しむようであれば、途中で追うのをやめても良い。

人生が上手くいっているときも傲慢にならないための考え方(P74)

成功すれば皆様のおかげ、失敗すれば私の責任。人生、上手くいってもいかなくても、謙虚な意識を持つべし。

「不調のときが本当の自分の実力」と考える(85)

絶好調、調子のいいときを自分の実力だと勘違いしてしまうが、不調のとき、上手くいかないときを基準に、自分の実力見積もっておいた方がいい。

成功論より失敗論(P87)

人から学ぶなら成功体験より失敗体験。「どうすれば勝てるか?」より「どうすれば負けないか?」を学ぶ。

人の成功譚は特殊な経験であり参考にならないが、人のダメな部分、失敗から学べることがたくさんある。ダメなところは誰もがダメ。

悪運で成功した人(P103)

世の中には、悪いことをして成功する悪運の強い人がいる。

利己的で他人を蹴落とし、ひどいことをしているにも関わらず、「成功者」として持ち上げられている人がいる。

悪運で成功した人の周りには、同じように悪運で成功した人が集まるため、体の健康や心の健康を害したり、どこかに「歪み」が出てくる。

だから彼らは社会的に成功できたとしても、幸せからどんどん遠ざかってしまう。

大切なことは自分で選択できない(P152)

自分がこの世に生まれてきたことは、自分の選択ではなく両親の選択。

人は自分でいろんなことを選択できるように考えるが、実際は、限られた選択肢のなかから、いくつかの選択を選べるに過ぎない。

この意味で、人には無限の可能性があるのではなく、限られた範囲の選択しかできない

楽しくない努力はしない(P166)

頑張って楽しくないこと、苦しんでしまうことは努力の方向が間違っている。無理をしても、どこかに悪い影響が出てくるのでやめるべし。

感想など

直感的、感覚的に話される桜井さんに対して、それを理論的に説明しようとする勝間さんが印象的な本。

運や直感、勝こと負けること、人生で起こる様々なことについて、立場の違うお二人の考え方は、対照的であるがゆえ、勉強させてもらうところがたくさん。

気がつけばたくさんのページに折り曲げを作ってしまいましたが、「勝つこと」とは何なのか、読後に熟考。

「勝つことはそれほど素晴らしいことではなくて、勝ち負けなんて基準を作らず、したいことをやっていく。それが一番幸せなのかもしれない。」

そんなことを考えた本でした。

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