煩悩をなくすために出家する必要はない、この方法を試せば。
小池龍之介著『しない生活 煩悩を静める108のお稽古』(幻冬舎新書)の読書感想です。
この本について
東大出身のお坊さんが語る煩悩を卒業する法。
人間関係、仕事、日々のいろんな欲に惑わされず、もっと自然に伸びやかに生きるにはどうすればいいか、仏教的(?)の味わいのある、まったりした話が満載の内容になっています。
以下、本書の読書メモです。
知る必要がないことは知っても仕方ない(P15)
人は情報が多いと逆に悩む。
不要な情報を集めすぎることによって、本当に大切な情報を見失う。知りすぎることで、心が乱れてしまう。
このセリフは要注意(P18)
あなたのため=自分のため。要注意。
家族はどうにもならない(P76)
家族を自分の思い通りに動かしたい、思うとおりになってほしい。
この考えが不幸の素。家族は自分の思い通りに何とかなる存在ではない。人は自分の思う通りにならない。
人を思い通りに動かそうとするほど、そこには権力闘争的な争いが生じ、ますます不幸になっていく。
何事もありえる(P81)
何か予想外のことがあって、「ありえない」という言葉を吐くときは、自分の傲慢さを反省する。
人生、何事もありえる。
「こんなこと、起こるはずがない」というのは自分の勝手な見立てで、人生はいろんなことが起こって、そこには自分の思考の範疇を超えた、想定外の連続。
「ありえない」ことこそ、「ありえない」。
人の話はまず「そうですね」と受け止める(P94)
コミュニケーションの秘訣は相手を受け止めること。相手が話すことを、まず「そうですね」と受け止めること。
そこに自分の考えを挟まず、相手が言うことをそのまま受け止める。正しいか間違っているかはどうでもいい。まずあるがまま、受け止めること。
「○○であるべき」から自由になる(P144)
人は、「俺はこういう人間だ、こうあるべきだ」という自己像を持っている。
この自己イメージが強ければ強いほど、その人は不自由で、息苦しくなる。自己イメージに縛られリラックスできなくなる。
「自分は○○だ」と自己規定せず、もっとゆったり、自己像に柔軟性を持たせること。
「いざとなれば」という心構えを持つ(P168)
失うものがない人は、何でも頑張れる。
「いざとなれば今持っているもの、今の立場もなくしていい」と思うことで、心の余裕ができる。
人生満足できなくてもいい、なぜなら(P185)
生きている限り、100%満足できない。何かが足りなくて、何かが不満。それが人生。
感想など
人とつながりすぎない、イライラしない、頑張りすぎない。
何事も節度、柔軟性を持ってやっていくこと、それが人生を豊かにするのではないか。
そんなことを感じた本。
「もっとお金を稼ぎたい」とか、「女と○○○○○たい」とか、煩悩に悩むと、常に飢餓感にさいなまれるのが人生のサガ。
でも、そういう煩悩をもう少し抑えて、「○○したい、○○が欲しい」という気持ちがなくなると、泰然自若、気持ちがゆったりしてきます。
まぁ、修行僧のような人生が楽しいとも思えませんが、欲に呑まれず、何事もバランスを持つ。人生は、そういう「ほどよさ」が大切なのかもしれませんね。