『ローマ人の物語』1~13巻まで読んだ感想(共和制の終了まで)

ローマの写真

ふと「教養と大局観を身につけたい」と思い立ち、腰を据えて読める本を探すことに。

そこでビビビッと来たのが『ローマ人の物語』。全43巻と大変なボリュームですが、教養や大局観を磨くのにはぴったり。

2021年1月から読み始め、ツイッターでちょこちょこつぶやいていたことを備忘録としてメモしておきます。

『ローマ人の物語1 ローマは一日にしてならず(上)』

知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルドやゲルマンの人々に劣り、技術力では、エトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣るのが、自分たちローマ人であると、ローマ人自らが認めていた。

それなのに、なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか?

P20

という疑問から物語はスタート。

1巻目はローマの成り立ちをめぐる物語と、当時のギリシア周辺の国々の話が中心で、今からはるか昔の古代から、そこには国があり、政治があり、それぞれ野心を持つ交差していたことに胸が躍る。

P55

ローマ建国の英雄ロムルスは羊飼いや農民らラテン人を率い建国さえたが、彼らの多くは独身の男たちで、それぞれ部族の「はみ出しもの」であった可能性が高い。

部族からあぶれた者たちだったが、建国の物語を彩るために、彼らの出自は神話に変わり、トロイの勇者の末裔とされた。

P62

実力行使によって権力を手に入れたロムルスの後継者の役目は、法と習慣の改善による「秩序」の確立だった。

国に秩序を確立することによって、力の限界を認識させ、より大きな存在への謙虚さを身につけさせることを目的とした。

P96

国家における国民の義務は税を払うことであり、国地を守ることであり、その報いとしてローマの民として認められた。

そのため、ローマでは軍事と税と市民の権利(選挙)はすべてつながっていた。

P122

人から注目される立場、特に人を指導する立場についた人の運命として、必ず人々からの嫉妬と疑い、中傷を浴びることになる。

それは指導者の立場を脅かすため、人々の感情に鈍感であってはいけない。ただし人々に迎合しすぎる姿勢は誤った政策を生み、それが後日の災いを呼ぶ。

P172

改革は恐れなければいけない。失敗すれば、その改革が民族の命取りになるだけでなく、成功したとしても、その民族の「その後」の性格、そして運命を方向付けてしまうから。

『ローマ人の物語2 ローマは一日にして成らず(下) 』

ローマ草創期を通じてローマの「アイデンティティー」を模索する話に興味津々。

ずば抜けた能力を持たないローマ人が持っていた優れたアイデンティティーが「開放性」で、それがいかにローマの繁栄とつながっていくか?

知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルトやゲルマン人に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴに劣ったローマ人が、これらの民族に優れていた点は、何よりもまず、彼らの持っていた開放的な性向にあったのではないだろうか。

古代のローマ人が後世の人々に残した真の遺産とは、広大な帝国でもなく、二千年経ってもまだ立っている遺跡でもなく、宗教が異なろうと人種や肌の色がちがおうと同化してしまった、彼らの開放性ではなかったか。

P208〜209

『ローマ人の物語3 ハンニバル戦記(上)』

ハンニバルが登場するまでの、ローマとカルタゴの覇権争いの流れがつかめる。

ローマとカルタゴが争うきっかけが周辺地域のシチリアにある小国の救援依頼だったという話だったけど、「歴史は繰り返す」の言葉のとおり。

国内を統一した勢いある「新興国」と、すでに大きな基盤を持つ「大国」が、周辺の小さな国に介入して代理戦争をする例は、枚挙にいとまがない。
新旧が争い、情勢は変わっていく。

『ローマ人の物語4 ハンニバル戦記[中]』

前半部分はハンニバルのローマ領侵攻を描き、後半ではいよいよスキピオが登場。ローマ軍のハンニバルへの反攻が始まる。

たくさんの兵士だけでなく、指揮官や将軍クラスの人材を失う大惨敗を繰り返したローマが最後まで崩れなかった一方で大勝利を繰り返したハンニバルがなぜローマを屈服させることができなかったのか?とても興味深く読んだ。

個人的には、ハンニバルがローマとの決戦で大勝利をおさめた後、部下から首都急襲を進言されたにも関わらずそれをせず、「あなたは勝利を生かす術を知らない」と言われた言葉が印象に残った。

興味深いのは、敗れた指揮官に対するローマとカルタゴの考え方。

・ローマ→負けた指揮官は罪に問われない

・カルタゴ→負けた指揮官は死刑になる

というように、処遇が違う。

「信賞必罰」と言うものの、負けて死罪になるならリスクを取るより安易な選択をするのも仕方ない。いろいろ考えさせられる。

『ローマ人の物語5 ハンニバル戦記[下]』

ハンニバルという稀代の戦略家とその精神的弟子であるスキピオの時代が、冷静でありながら極めて強い感動を持って伝わってくる本だった。

本書では700年もの栄華を誇ったカルタゴが滅亡し、ローマは「新たな問題」を抱え、次の時代へ向かう。

ハンニバルはスキピオに破れ、そしてハンニバルを破った英雄スキピオも、ローマ内部の人々の体制を守ろうとする「嫉妬」によってその地位を弾劾され、表舞台から去っていく。

そして、2人の英雄が同じ年(紀元前183年)に、まるで役目を終えたかのようにその寿命が尽きているのもまた、興味深い。

本書はカルタゴの滅亡は幾重にも重なった「不幸な偶然」の結果であること。そして勝者のローマが「成功したがゆえの代償」を背負うことを告げて終わる。

だからこそ次の物語の冒頭、カルタゴ滅亡を前にスキピオの孫が残した盛者必衰を意味するこの言葉は重い。

「やがてローマにも同じ運命が訪れる」

『ローマ人の物語6 勝者の混迷[上]』

カルタゴとの戦争によって「勝者」となったローマが次に見つけた問題は外ではなく内側にあったこと。

そして、内側に巣食う問題を解決しようとした若き改革者たちが志半ばで倒されてしまったこと。現状を変革する難しさが、強く印象に残った。

なぜ若き改革者たちが志半ばで倒されてしまったか?

もしもグラックス兄弟が、彼らの改革を護民官としてではなく、執政官や財務官としていたとしたらどうであろう。

P107

という言葉が響く。

結局、現状を大きく変えるためには理念だけではなく、それ相応の立場。そして力が必要なのかもしれない。

『ローマ人の物語 勝者の混迷[下]7』

話はグラックス兄弟からローマの体制を修繕しようとするスッラの話へ。

権力を握ったマリウスが死亡、権力はマリウスと争っていたスッラへ。本書を読むと、変化の過程で争いが起こること。そして、権力闘争の恐ろしさを思い知らされる。

敵対勢力のボス、マリウスが死亡したのちに権力を握ったスッラが「敵対者」をリスト化。

「処罰者リスト」として「誰が殺してもいい」という血も凍るような恐ろしい措置をとるわけだけど、権力争いは生きるか死ぬか。

勝者は勝者で、「その手は・・・」というたとえのとおりの現実を思い知らされる。

『ローマ人の物語8 ユリウス・カエサル ルビコン以前[上]』

ルキウス・コルネリウス・スッラという男の最大の特質は、良かれ悪しかれはっきりしていることであった。言動の明快な人物に、人々は魅力を感じる。

P72

敵対者は抹殺者リストを作って徹底的に粛清する怖い男スッラの話。

「国政改革派」と「民衆派」。権力闘争にきれいごとなしで、負けた側で「リスト」に乗った人々は、追われ続け、捕まれば財産のみならず命も奪われた。

そしてローマで人材不足が起こる(P89)ほど敗者への粛清は凄まじかったと書かれているけど、当時の人々はそんな時代をどう生き抜いたんだろう。

『ローマ人の物語9 ユリウス・カエサル ルビコン以前[中]』

「雌伏のとき」を経たカエサルが権力の座へ進出。三頭政治へ踏み込み、そしてガリア遠征へ。着々と実現されるカエサルの野望と、ローマの領土拡張の話が本書の中心。

カエサルの遠征によってドイツにフランス、そしてもう一つ印象的だったのが、カエサルの「利権拡大」の話。

ガリア遠征を行うまで常に借金まみれだった男が、ガリア遠征を契機にして経済的に著しく潤うようになった。その理由を本書では「遠征によって得たガリアの地域を既得権化したから」(P232)と推測している。

既に既得権益層のいるローマではなく、自らが遠征したガリアを既得権益化し、利益を吸いとる。「新市場」が開拓されれば、そこには必ず、新しい既得権益層が登場する。

いつの時代も政治と戦争、そして権益というのは密接につながっていることが分かる。

『ローマ人の物語10 ユリウス・カエサル ルビコン以前[下]』

ガリア征伐いよいよ「賽が投げられる」までの過程が、丹念に描かれている。主にガリア戦役での戦や、戦術の話が中心だけど、名将の「思考」をたどる記述の一つ一つに、脳が刺激を受ける。

印象に残ったのはカエサルによるガリアの「ローマ化」(P157〜)。

カエサルによって征服されたガリアの地の人々は、街や部族固有の文化は破壊されずに残される。そして、部族の有力者の子弟をローマに人質として「留学」させ、ローマの価値観や文化、仕組みを学ばせる。

この話を初めて読んだとき「おやっ?」と思ったけど、現代の日本も、決して「ローマ化」とは無関係ではないことにと気づく。

現代にローマという国はないけれど、その魂は脈々と残っていて、現代も「ローマ化」が続いてることにただただ驚く。

『ローマ人の物語11 ユリウス・カエサル ルビコン以後[上]』

じっくり読むつもりのはずが、ついつい先が気になり一気に読了。

カエサルがルビコン川を渡り、いよいよ宿命のライバルであるポンペイウスとの対決。「ファルサルスの戦い」に至る道と、その後が描かれている。

ルビコン川を渡って以降、数的な不利を抱えつつも飛び抜けた戦略眼と統率力を発揮し、劣勢から抜け出そうとするカエサル。

一方、「常勝不敗」の勇将ポンペイウスは決戦の機会を伺い、ついに「この戦いに負けはない」と勝利の確信を持ち、カエサルとの決戦に踏み切る。

ポンペイウスとの決戦に挑むまで、敗北を喫しているカエサルと、無敗を誇ってきたポンペイウス。

しかし決戦は兵的不利なカエサルが勝利し、「常勝不敗」のポンペイウスは「勝てる」と踏んだ戦いで、致命的な敗北を喫する。

2人の違いを述べるイギリス研究者の記述が、とても興味深い。

カエサルは敗北した戦いでは最後に戦場を捨てた戦士であったが、ポンペイウスは最初に戦場を捨てた戦士だった。

P271

結果的に一度の敗北が文字通り「致命傷」になり、ポンペイウスは逃れた国で悲劇的な最期を迎える。「負けたことがない」経験は、決して良いことではないのかもしれない。

一方、勝者となったカエサルも、その後の運命を予感させる話があって興味深い。

己の信条に従い「寛容さ」を大切にしたカエサルは、自分の敵対者でさえ寛容に許した。反対者を徹底粛清することは避けた。

その結果、許した相手によって、その志が道半ばで閉ざされてしまうのは、本当に悲劇的。

カエサルと対象的だったのがスッラ。スッラは己の信条を実現するためなら、「反対者」を弾圧することに一切のためらいを持たなかったという。

大切なのは自分の信条を貫くことで、邪魔する者は死あるのみ。この姿勢を貫いたスッラが「タタミの上で死ぬことができた」(P104)のは皮肉的。

「わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。

P104

という己の信条に従ったカエサル。

その後「自由にした人々」によって「ブルータスお前もか」という結末が待っているわけだけど、やっぱり、悲劇的としか言いようがない。

『ローマ人の物語12 ユリウス・カエサル ルビコン以後[中]』

反カエサル派の残党討伐や、カエサルが暗殺されるまでの政治改革とその意図について述べられている本。

組織を改革することの難しさと改革者に待ち受ける運命の儚さが、強く印象に残る。

カエサルの頃のローマは、領土拡張により国が様々な面で「制度疲労」を起こしていた時期であり、カエサルは現状の政治体制を変える必要性を実感していた。

一方、反カエサル派は「既存の体制」を守ることこそが国を守る道であると強く信じていた。そこで両者の対立が起こり、カエサルが勝利した。

勝利者となったカエサルは「寛容な精神」を持って、反カエサル派の人々を許し、様々な政策を実行していく。

ところが、カエサルに恭順した人々にとって、カエサルの改革は「国を壊す裏切り」という意識を変えることができなかった。国が深い病巣を抱えていたにも関わらず。

反カエサル派の人々は、「人は自分が見たいものだけを見る」とカエサルが言った通り、「独裁者」を倒すことが国を救う道だと信じ、行動を起こす。

そこでは本書は終わるけど、カエサルの「寛容さ」の代償は、あまりにも大きかったと思わざるをえない。

『ローマ人の物語13 ユリウス・カエサル ルビコン以後[下]』

大義なき暗殺者たちの悲惨な末路とカエサルの志を継ぐ者たちによる権力闘争を描く。8巻から続いたカエサルの物語はここでクライマックスを迎え、ローマはいよいよ、帝政へ向かう。

結局カエサルの暗殺は「大義も意味もない愚行」で、共和制への回帰を夢見る「懐古主義者」たちの末路は「悲惨」の一言に尽きる。

まさに「裏切り者には死あるのみ」で、カエサル暗殺後、事件に関わった者たちは全員、2年以内に非業の死を遂げた。

「寛容」を重視したカエサルは、敵さえも許し受け入れたがゆえに暗殺されてしまった。一方、カエサルの後継者となったオクタウィアヌスは、カエサルが持っていない「冷酷さ」を持っていた。

「だからこそカエサルの志を引き継ぎローマの新時代を実現できた」という指摘は、本当に考えさせられる。

ちなみにこの巻では有名なクレオパトラの落日も描かれる。

絶世の美女で、アントニウスを籠絡。ローマに介入した諸々の試みを「女の浅はかさ」と、非常に厳しく評価されているのが印象的。

結局人にはそれぞれの器があって、「過ぎたる野心は身を滅ぼす」という歴史の教訓を学ぶ。

自分に欠けている力を知っていたのが勝者オクタウィアヌスであり、大切なのは「欠けている才能を代行できる者と協力関係を持つ」(P159)こと。

戦争に弱い自分の代わりにアグリッパを重用。ライバルを倒しローマ帝政を実現。自分の弱点を知り人の助けを借りてこそ、大望を実現できることを知る。

感想など

1~13巻はローマの誕生から、カエサル、そしてアウグストゥスの登場と共和制の終焉までが描かれます。

正直に言って、細かい人物名を全て覚えているわけではありませんが、本書を歴史書ではなく、「人間ドラマ」として読むと、そこにはいつの時代も変わらない、人間の本質的なものを見ることができます。

国や組織は結局、それを構成する人間によって動かされています。主役はあくまで人間であり、本書はその人間の描かれ方が本当に面白い!

はるか昔の人々ではなく、今現代にも通じる、普遍的な人間像が、ここで描かれています。なので個人的に本書は歴史書というよりは、人間を知るための教養書のように感じています。

一つ言えるのは、それがとてもおもしろい、ということです。

最後に

「読書はなんて面白いんだろう!」

そのことを改めて実感させてくれたのが『ローマ人の物語』シリーズです。

文章が読みやすく分かりやすいので、細かい歴史の知識を持たなくても、その世界にスッと入っていくことができます。

そしてここで読んでいるのは、はるか昔のカビの生えた知識などではなく、今現代にも通じる人間の知識です。

歴史は人の想いが創るもの。本書を読めばまさにそのことを実感することができます。

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14巻〜の感想はこちら