歴史の敗者は悪者になる!?『日本史 汚名返上 「悪人」たちの真実』を読む

日本史 汚名返上 「悪人」たちの真実

歴史は勝者によって作られるもの。負けたものは悪人の汚名を着せられる。

井沢元彦&和田秀樹著『日本史 汚名返上 「悪人」たちの真実』(光文社)の読書感想です。

この本について

道鏡や蘇我入鹿、徳川綱吉、井伊直弼など日本史において「悪いやつ」と評価されがちな歴史上の偉人たちに焦点を当てた本。

「歴史においては彼らは悪政や反逆、弾圧行為で悪人扱いされているが真実は違う。悪人扱いされている偉人たちを再評価しよう!」という内容の本で、

・徳川綱吉

生類憐れみの令などの悪政を行った無能将軍

→人事に能力主義を採用し、有能な人材を発掘、様々な政策を行った有能な将軍。生類憐れみの令は治安を良くするための政策で、武士社会から太平の世に変わる江戸の転換期となった。

・井伊直弼

安政の大獄で吉田松陰などを弾圧した独裁者

→彦根藩の藩制を改革した有能な人物であり、井伊直弼の「開国する」という決断がなければ、日本は清のように、列強諸国に蹂躙される危険があった。歴史的にみて、井伊直弼は、日本のために大きな決断をした男。

という具合、「悪人」と思われていた歴史上の人物の印象が一変する内容になっています。

以下、本書の気になった内容です。

平将門が登場した背景(P14)

平将門が活躍した10世紀の日本は、藤原氏による独占的な利権政治が行われていた時代。天皇を隠れ蓑に、藤原氏が自身の権力の拡大のため、摂関政治を行っていた時代。

藤原氏による独占的な利権政治が出来ていた理由は、藤原氏が朝廷における税収の権利を押さえていたため。藤原氏は荘園という制度を生み出し、公地公民の制度を悪用して富を集めた。(荘園制度は不正な蓄財。)

藤原氏は荘園という合法的な脱税制度を利用して利権を貪ったが、民衆から恨みを買うことになった。民衆の一部は武装し強盗となり、強奪行為を行うようになった。このような治安の悪化によって、武士が台頭することになる。

日本人の感覚(P32)

日本人は、人の好意を大切にする甘えの文化がある。何でも自分でやる独立型の人間は、組織では可愛がられない。

徳川吉宗の政策は失敗だった!?(P79)

一般的に、徳川吉宗は享保の改革を行った有能な将軍のように思われるが、徳川吉宗の政策は農業重視、質素と倹約を重視した政策であり、享保の改革は問題の根本的な解決にはならない偏った政策であった。

吉宗の政策は農民に負担をかけ、9代将軍の家重の頃には、農民たちの不満が高まり、一揆が起こるようになっていた。そんな状況で改革を行ったのが10代将軍の家治を支えた田沼意次。

田沼というと賄賂政治の悪いイメージがあるが、田沼の政策は経済面まで見通した視野の広い政策であり、政策の根本は貨幣経済政策であった。

しかし、田沼の政策は、お金儲けを悪とする武士の価値観と嫉妬により頓挫、田沼は賄賂政治の権化として、悪人扱いされている。

蘇我入鹿は悪人ではない(P100)

日本史でお馴染み、大化の改新で暗殺される蘇我入鹿。

天皇家をないがしろにし、傲慢に権力を振るったとされる蘇我一族の入鹿だが、実際の入鹿は幅広い視野を持つ有能な政治家であり、中国大陸の情勢にも目を向けるほどの国際感覚を持っていた。

しかし、国粋的な感覚を持つ中大兄皇子(天智天皇)と対立、暗殺されてしまう。その後、自身の行為を正当化する必要のある中大兄皇子や中臣鎌足によって、蘇我氏は「悪人」として歴史の敗者になってしまう。

苦労人の井伊直弼(P116)

井伊直弼は、歴史の表舞台には出てこないはずの男だった。彦根藩でも藩主になる可能性が低く、長い間、「埋木舎」と名づけた住処で、冷や飯を食っていた。

しかし、井伊直弼はそこでグレず、自らを高める努力を続けていた。30歳を越える長い下積み生活のなか、儒学や国学、文化や芸術、そして武道など、ひたすら自分磨きをしていた。

そして、32歳になってようやく、藩主という日の当たる場所にたどりつく。

有能で誠実であるがゆえの悲劇(P126)

井伊直弼は真面目で実直な人間で、物事を白か黒か、ハッキリとケジメをつけてしまう性格だった。それがゆえ、攘夷論で幕府が揺れたときに、灰色のほどほどの対応ができず、安政の大獄を引き起こしてしまう。

正義感が強く、清廉潔白であるがゆえ、自分の正義を疑わず、「灰色」のあいまいな対応ができない。結果、人から恨みを買い、暗殺されてしまう。

吉良上野介は被害者(P146)

赤穂浪士の討ち入りで悪人扱いされる吉良上野介だが、実際は好々爺的人物で、自身の領地では善政を施いた有能な政治家だった。

赤穂浪士討ち入りのきっかけとなった浅野内匠頭との出来事も、乱心した浅野内匠頭が事件の原因。吉良上野介は通り魔に絡まれたようなもので、ともかくツイていない。

優しい男は権力者として失格(P156)

平家全盛期を築いた平清盛。しかし、彼が唯一失敗を犯したのが、平治の乱で捕まえた源頼朝を殺さなかったこと。情けで源頼朝を許し、流罪にしたことで、平家は頼朝に滅ぼされてしまう。

清盛と同じく、室町幕府を興した足利尊氏も、情けによって、多くの人を犠牲にした。

建武の新政という悪政を行った後醍醐天皇を処分しなかったため、南北朝の動乱を引き起こしてしまい、結果的に多くの人が犠牲になった。一人の人間に情けをかけたがため、多くの人が犠牲となった

この清盛や尊氏の甘さに学んだのが後の権力者である徳川家康。ライバルの血統を残すことの危険を学んだ家康は、敵対者の血筋(豊臣家)を容赦なく消している。

残酷だが、情けをかけることが、後々の禍根を生む。敵対者はどんな残酷なことであれ、とことん消すのが勝者の鉄則。戦いにおいて、下手な情けは自分の身に災いを呼ぶことになる。

信長は利権の破壊者(P188)

比叡山の焼き討ちなど残虐なイメージのある信長だが、政治家として善政をしき、利権まみれの商業を改革した優秀な政治家。楽市楽座に代表されるよう、利権を排除し、多くのものが発展できるよう、商業改革を断行した。

感想など

「歴史は勝者によって作られる」という言葉が実感できる内容。

歴史は勝てば官軍で、戦いに勝ち権力を握ったものが、自らの行為を正当化するため、必ず「悪」が必要なわけです。その「悪」を演じさせられているのが、戦いに敗れた敗者です。

歴史は権力闘争、争いの歴史なので、勝者と敗者が必ず存在します。勝ったものは、自分の行為の正当性を証明するために敵対者が悪である必要があるわけです。だから、負けたものが、悪者扱いされ、叩かれてしまいます。

しかし、その悪者扱いされた人間を詳しく調べていくと、必ずしも「悪」と言えない真実の姿が浮かび上がります。これだから歴史は面白いのですが、同時に、権力争いの怖さを思い知らされます。

勝てば官軍、負ければ賊軍。複雑です。

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