「人生の意味」など考える必要はない?中島義道著『人生、しょせん気晴らし』を読む

人生、しょせん気晴らし

中島義道著『人生、しょせん気晴らし』(文藝春秋)の読書感想です。エッセイ集的な内容で、他の中島本に比べると、気楽な気持ちで読むことができます。

以下、個人的に気になったところの抜粋です。

大人として生きること

「現代日本でも、じつは誰でもある意味で理不尽に迫害されているのだ。理不尽にいじめに遭い、理不尽に失恋し、理不尽に職を失い、理不尽に事故に遭う。誤魔化さないかぎり、「なぜ、この自分が?」という問いは虚空にこだまし、答えがかえってくることはない。

こうしたとき、この「なぜ」を消すことなく、答えのない問いを大切にして生きること、それが大人として生きることなのだ。」(P57)

テレビについて

「テレビでは真実を言ってはならず、人間にとっていちばん基本的な感情である喜怒哀楽を完全に統制し、枠にはめてしまう。にもかかわらず、いかにも自由な報道をしているかのような態度をとっている。」(P67)

哲学者として生きる

「あなたがほんとうの意味で哲学を続けたいのなら、定職についてはならないし、正社員になってはならない。アルバイト、臨時雇用、契約社員など、組織に過度に縛られないもの、責任の負担が少ないもの、いつでも辞められるものを選んだほうがいい。そして、ぎりぎりの生活のうちで哲学に邁進するのである。これを十年続ければ、あなたは立派にな哲学者になれるであろう。(P88)

感想など

対談や読書、哲学、いろんな内容の中島義道の気晴らしエッセイがありましたが、個人的にはP146からの中島義道人生相談コーナーが面白かったです。

・親の介護のため仕事を辞めた40代男性の相談。兄弟は介護の手伝いをせず、自分だけに親の介護を押し付ける。介護につかれてくたびれてしまった。気が狂いそう。

→「いい人」をやめて「ろくでなし」になれ。「いい人」の立場を選んでも、「ろくでなし」にさんざん利用されるだけなんだから、文句があることははっきり示して、無意味な我慢はするな!

・人生それなりに楽しんできて、ふと60を越えて、人生の意味について考える相談者の男性。「人生に意味はない」という哲学的な探求に興味を示し、それを理解できるよう教示してくれ、と頼む男性

→哲学書を1冊も読んでいないのに、分かりやすく教えてくれなんて人生相談にあきれる。人生の意味、生きる意味を都合よく「納得」することはできないぜよ。

・自分中心、個人主義的に生きてきた50代のフリーランサー。人付き合いをおろそかにしてきたため、老後の孤独が心配。妻からも離婚されそう。老後に生きるヒントをくれ。

→虫のいいことを言うな。妥協して人との和を尊ぶ生き方に「転向」するか、個人主義を貫け。自分ひとりでできる仕事を見つけて、自分がなぜ人嫌いなのか、人付き合いが嫌いなのかという問いを突き詰めろ!

このような具合に、読んでいて爽快になるところもあります。

まぁ、この本を読んでも、「人生の真理」や「生きがい」に目覚めるわけでもありません。日々の生産活動で感じる虚しさや疲労感が解決するわけでもありません。

中島義道が言うように、人生に意味はなく、所詮は気晴らしなのかもしれません。でも、読後は「そうかもな、それでも今日も生きていくのさ」という気分になる不思議な本でした。

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