森羅万象、人間世界をゴリゴリ分析。『続・ものぐさ精神分析』を読む

岸田秀著、『続・ものぐさ精神分析』(中公文庫)の読書感想です。

ものぐさ精神分析』が面白かったので、続編のこの本も読むことにしました。

『ものぐさ精神分析』では国家を精神分析するという独自の視点ですが、その続編である本書では、人間から性、教育まで、分析テーマが多岐にわたっています。

正しいか正しくないかは別として、「こんな見方、考え方もあるのか」と刺激を受ける本でした。

以下、気になった内容の抜粋です。

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血縁幻想

集団の安定した存続を保つためには、その共同幻想を正しいとせざるを得ず、根にある共同幻想を正しいとすれば、枝葉も正しいとせざるを得ない。

集団のたとえばある道徳が不合理と思われたとき、その不合理さを批判して、合理的と思われる新しい別の道徳を、考えだしたりほかの集団から借りたりして、設定しようとするのは、道徳というものが合理的判断に基づいているという誤った前提に立っている。

(P46)

集団と狂気

集団の共同幻想は決して成員たちの賢明な側面を共同化したものではなく、平均的なところを共同化したものですらなく、しばしもっとも狂った幻想的な側面を共同化したものであり、したがって、暴徒や群衆の場合は言うに及ばず、一見合理的な目的のために合理的に組織されているように見える集団の場合でも、集団は、つねに、そのなかの賢明な個人よりはもちろん、平均的な個人よりも愚かである。

P70

しつけの問題

「現代心理学の思想はいろいろなところに害毒を流しているようであるが、現代の母親たちも、知らず知らずのうちにその害毒に冒されてしまっているようである。

現代心理学の思想とは、一言にして言えば、人間を、ある刺激を与えればある反応をする一つの条件反応体と見る思想である。

P264

注釈

子どもを良い教育法で、親が正しく育てれば、良い子どもができる。これは心理学がもたらした教育の害悪。ある「正しいしつけを」子どもにする。

結果、「良い子ども」が育つと考えるが、子どもは粘土ではないので、その試みは良い結果よりも悪い結果を招くことが多い。

仮に子どもに「正しいしつけ」を親がしたとしても、しつけは親が行うものであるから、親の程度を超えたしつけは子どもにできない。親の無意識的な部分がしつけに反映されるのがオチで、親の願うような結果にはならない。

もし、子どもを理想通りの成功者や人格者に育てたいなら、親自体がそうであらねば不可能なこと。人間の成長は、数式のように明確で、単純明快なものではない。

価値について

人類がこの地上に存在しているということそれ自体が、そもそも価値のないことである。〜略〜生きるための価値を求めるふるまいは、きわめてはた迷惑である。

P274

怒りと悲しみ

怒りっぽい人とは、人一倍攻撃エネルギーをたくさん持っている人ではなく、その自尊心を支えている幻想があまり共同化されていない人である。

P309

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