作家が人生を振り返って想うこと。
モーム著、行方昭夫訳『サミング・アップ』(岩波文庫)の読書感想です。
この本について
イギリスの小説家、劇作家のモームの晩年の随筆集。
モームが60代になって人生を振り返るようにして書いたと言われるのが本書『サミング・アップ』。モームの人生、作家業、人間論など、心に染み入るエッセイが満載の内容になっています。
以下、本書の読書メモです。
運命について(P64)
多くの人は、生まれた環境や経済的な理由から進む道が一本しかなく、右に進むことも、左に進むこともできない
自由に生きることができず、与えられた人生設計によって運命を振り回されている。
苦悩の価値(P80)
人は苦労することで他人に同情心がわき、感受性を高めるなど、苦労することに価値があることを主張する人々がいる。
しかし、実際は苦労は人をささくれさせる。人をわがままにさせ、辛辣にさせ、ケチにさせる。苦労によって人は本来の性質よりも悪くなる。
読書について(P114)
本は自分のために読めばいい。自分が必要とする本を読めばいい。本は評価するために読むものではない。
作家という仕事(P206)
作家は好きな時、好きな場所で、自由に仕事ができる。しかし、作家が扱える仕事は、自分自身の内部にある秘密の泉に反応するものしか書くことができない。
作家として仕事をすることは、自分自身の秘密、本質的なものと向き合うことになる。
仕事は一定のペースで(P214)
仕事をするのにインスピレーションを待っていてはいけない。同じ時間、一定の時間に仕事をすることで、リズムが出てくる。
仕事をするにあたっては、同じ時間に仕事をする習慣をつけることが大切。
成功のマイナス面(P216)
成功の内部には破滅の種が潜んでいる。
成功によって新しい世界に入り、周りからチヤホヤされだし、付き合う人が変わっていく。それによって、成功の源であったものが失われてしまう。
成功は人間性を改善するが、注意しないと成功へ導いた個性を失い、ダメになってしまう危険がある。成功に警戒し、成功に付随するマイナス面に注意すべし。
感想など
『モーム語録』を読んで興味を持った本。
「一度しかない人生だから、そこから出来るだけ多くのものを得ようと決心したことがある。単に書くというだけでは足りないように思えた。」(P61)
「私は悲観主義者ではない。これまで幸運に恵まれてきたのだから、自分の運のよさにしばしば驚いたくらいだ。私よりも運に恵まれるに値する人が、私にもたらされた幸運を得なかったのを私はよく知っている。」(P330)
など、作家業のことや自身の運命のことをはじめ、
「これまで何度も恋に落ちたことはあるが、報いられた恋の至福を味わったことは一度もない。この至福は人生で一番楽しいもので、ほとんど全ての人は、たとえほんの間のものかもしれないが、経験したことがあるのだと思う。多くの場合、私はほとんど、あるいは、まったく私を愛してくれない相手を愛したのであり、たまに相手が私を愛してくれると狼狽したものだ。それはどのように対処したらいいのか、さっぱり分からぬ困った事態だった。」(P98)
「人生の最大の悲劇は、人が死ぬことではなく愛が死ぬことだ。人生における不幸の中で決して小さくない不幸、誰にも救えない不幸は、こちらが愛している人がもう愛してくれないことである。」(P351)
など、作家の心の奥底にある寂しさのような回想も。
『モーム語録』を読んで心に響くものがありましたが、『サミング・アップ』もそれは同じ。
心に響くのは、モームの人柄というか、人間的な何かが文字を通して伝わってくるからなのかもしれません。