『たまたま』の読書感想 – もし偶然が運命を変えてしまうなら

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

結局人生は偶然の運次第?

レナード・ムロディナウ著『たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』(ダイヤモンド社)の読書感想です。

この本について

偶然や確率にまつわる様々な話をもとに、偶然が日常でどんな影響を与えているのかを考察する本。

科学的、心理学的なデータをもとに日常と偶然を分析、「偶然の力ってこんなに大きんだよ」ということが学べる内容になっています。

以下、本書の読書メモです。

人生は決っているか(P8)

未来は、先に一本だけの道が待ち構えているようなものではない。

人のそのときそのときの選択やランダムな出来事によって絶えず新しい道が生まれる、不確かなもの。だから人生は予想しがたく、解釈が難しい。

ベストセラーは運(P17)

何が大ヒットして成功するのか、そのことは実はプロですら分からない。ある出版社に持ち込まれてボツになった本が、別の出版社で出版、一躍大ヒットした例は枚挙にいとまがない。

結果はコイン投げと同じ。実際成功できるかどうかはやってみない限り分からなくて、不当な評価を得るか正しい評価を得るかは、運次第になってしまう

正しく見るのは難しい(P46)

私たちは、過去の出来事や周囲の状況に対する認識を歪めることによって、世の中の見方すら歪めてしまう。

正しく世の中を見ているつもりが、じつは的外れで、歪められた世界を見ていることが少なくない。そのことを認識しておかないと、歪みに気がつくことができない。

「もうそろそろ」の誤謬(P152)

「これだけ続けたのだからそろそろ当たりが来るだろう」という考え方の謬り。

ある出来事が最近起きたから、または起きていないから、そろそろそれが起きそうだという考え方を、ギャンブラーの誤謬という。

私たちは、悪運が来ると次に幸運が来ることを期待し、幸運の次に悪運が来ると不安を抱く。実際、それらに根拠はなくて、幸運の次に幸運が来ることもあるし、悪運続きのときもある。

「これが来たから次はこれ」というような、確固たる法則性はない

日々の暮らしに法則性を求めること(258)

私たちは毎日の暮らしのなか、何かのパターンを見つけると、それに意味を与えたがる傾向がある。何らかのパターンを見つけ、それに意味を見出し、安心する。

ところが、そのパターンを求める思考によって認知に謬りが生じて意志決定にも影響し、物事を見る目が曇ってしまうこともある。

成功について(P269)

「○○したから成功した」など、人は成功に理由を求めるが、実際は成功すら偶然によってもたらされる。

どんな出来事であれ、実際は純粋な偶然の産物であって、成功や失敗すら、「○○が理由で」という100%明確な要素はない。

私たちの運命は結局、偶然出会った人、偶然転がり込んだ仕事など、ランダムな要素によって歩む道が変わっていく

感想など

偶然をチャンスに変える生き方』とあわせて読みたい本。この本を読むと、生き方、人生、成功、いろんなものが、偶然によって左右されていることが分かります。

ちょっと理系的な内容なので、きちんと内容を理解するのは時間がかかりましたが、本書の内容は示唆に富んでいて、とても興味深いです。

本書の内容を一言でまとめると、「偶然の影響力」と言えると思うのですが、偶然という不確かなものが、どれだけ人生に大きな影響を与えているのか、そのことを考えると、少し恐ろしくなってしまいます。

一般的に人生は自己責任で、自分で道を選択、切り開いていくようなイメージがありますが、実際は必ずしもそうではないように感じています。

20代の頃は、「人生は自分の道、努力次第でなんとかなるんだ!」と考えていましたが、30代を超えて自分の道を振り返ってみると、自分の意志だけでない、別の要素があることを認めざるを得ない事に気がつきました。

実際私も、本当に些細なこと、偶然の状況によって、進む道が全く変わってしまって、思ってもいない場所に立っている自分を経験。「人生は偶然によってこんなにも変わってしまうものなのか」と実感しています。

もし偶然が人生にいろんな影響を持っているとしたら、日常で起こる偶然とどう向き合うのか?

もしかしたら、偶然を追っていくことは道を選択をすることで、将来振り返ると偶然を追っていくことが「運命の選択」にだったことに気がつくのかもしれません。

だからこそ毎日の生活のなか、偶然を偶然と思わないことが大切なのかもしれません。

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