こんな惨めな生活は、せいぜい物語の中だけであって欲しい。『結婚は人生の墓場か?』の感想

結婚は人生の墓場か? (集英社文庫)

男の幸せはいくら稼ぐかではなく、誰と暮らすかで決まる?

姫野カオルコ著『結婚は人生の墓場か?』(集英社文庫)の読書感想です。

あらすじ

主人公は出版社に勤務する小早川正人。

山梨出身、1964年生まれの0型、年収1000万オーバー、美人の妻とお嬢様私学校に通う可愛い娘2人あり。

話すのは苦手でどもったような冴えない話し方をするものの、頭のキレは良し。

将棋が得意で、どちらかというと内向的思考のおっとりした男。史学科卒の歴史好きで、特に日本の戦国時代に関心を持つ。

小早川が新書部門へ移動となり、知り合いの大学教授川松に「結婚は人生の墓場である」というテーマで新書の依頼をするのが物語の始まり。そして、この本をヒットさせて、一人旅に出るのが小早川の夢。

小早川は織田信長の古老家臣ながら、「働きが大過ない」と責められて表舞台から退場、悲運の人生を送った佐久間信盛が好きだと言う。

この世のどこか、自分の身をあわれと思ってくれる人を見つけるため、流浪の旅がしたい。これが小早川の願いだった・・・。

家庭に人生を消費される男

高収入で妻子あり、順風満帆のように見える小早川の悲しい結婚物語。

この小説の主人公、小早川は典型的な良い夫。

年収も高く、土日の休みには、伊勢丹で妻の買い物に付き合い、荷物持ち。外見もイケメンとは言わずも落ち着いた整った顔で、妻の顔を立て、家庭を支えています。

が、年収1000万オーバーにも関わらず、彼の小遣いはなんと月わずか1万円!ギャンブルや女性遊びなし、小早川は家族へお金を運ぶ、従順な夫の役割を演じ続けています。

なぜ年収1000万以上(1600万)にも関わらず小早川は赤貧のようなお小遣いしかもらっていないのか、その理由は妻の希望や娘たちの養育費。

高級子女たるべく妻は娘たちに英会話教室やバレエ教室、フランス語教室などの様々な習い事をさせ、妻もサロンやボランティアスタッフへの参加等、多額の費用が。

妻と娘たちのお金のために、月およそ57万円の固定出費が発生。小早川は高年収の男ながら、妻からは「あなたの月収は低すぎる」となじられています。

小早川は自身の結婚生活に密かな疑問をいだいているものの、周囲からは高年収男の苦しい結婚生活の実態を理解してもらうことができません。

家庭を持ったのだ。家族を養うのが男のつとめで、ハードウェアは自分が、ソフトウェアは妻が受け持ってくれればよい。

P156

という考えで、小早川は結婚生活を続けています。

しかし妻は「ハードウェアもソフトウェアも両方夫が受け持って欲しい」と考え、小早川の夫としての役割を不十分なものとして認識しています。

家庭に経済的なニーズを満たすと同時に、妻の要望に優しく応える、それが夫として必要不可欠な優しさと考えています。

夫と妻との認識の差は埋まることがなく、妻は夫を理解しようとせず、夫が何気に散歩をしたいときですら、その理由や、必然性を要求し、「散歩するくらいなら家の掃除をして欲しい」と願います。

妻に自分がなぜ散歩したいのか、説明をするのが面倒な夫は、妻の言い分を受け入れ、自分の願望を諦めます。

このような長年の結婚生活の我慢がたったってか、ネットカフェからネット掲示板に妻の悪口を書く始末。

小早川は、心のどこかで結婚当初から感じていた「この結婚は失敗だった・・・」という疑念を打ち消すことができず、結婚生活に疲れきってしまいます。

小早川は典型的な結婚で不幸になった男であり、何をするにも、妻から自由になることができません。そして、年々、妻と子どもに彼の人生が消費されていきます。

一人お楽しみするにも妻にバレてそれが災難に。「フケツ」で「罪深い男」扱いされ、妻娘の共闘で「汚い」と罵倒される日々。

子どもに多大な教育費をかけているにも関わらず、「汚い」と罵倒され、妻からもう少しだけ「愛されたい」と願う。読んでいてあまりに悲惨です。

これがタガメ女の罠?

小早川の悪夢の始まりは、妻による計画された(?)アクシデントでした。

小早川は大学卒業後、一流の出版社に就職。そこで知り合りあったキリスト教系短大出の箱入り娘のお嬢さん、雪穂(妻)に好かれることにあります。

そして、冬のある日、雪穂は「今日は帰りたくない」と小早川を誘惑、「避妊は罪」という主張し、小早川は何の対策もなしに関係を持つことに。

結果、雪穂は妊娠。責任を取る形で、小早川は24歳で結婚することになります。

結婚は社会契約である。

〜略〜

結婚は恋愛とは違うのである。これは結婚は打算だという意味ではない。末永くお互いに恋をしている夫婦は多くいる。

結婚は恋愛と違うというのは、結婚は個人の恋愛感情以外の要素が多く介在してくる機構であるという意味である。

そのうち、「家」の事情は最大の要素であり、また、個人そのものも、「家」即ち家庭環境によってその人格の多くを形成される。

P61

という言葉通り、小早川は、相手の家族、妻の育ちを見るうち、結婚への不安と違和感、かすかな疑念をもとに結婚を始めるわけですが、結婚生活が長く続くにつれ、その疑念が正しかったことを確信します。

なぜ小早川が不幸なのか、それは小早川の妻、箱入り娘の雪穂のキャラ描写を読むと一目瞭然。

具体的な説明は控えますが、「罪」や「フケツ」を連呼する教条主義的な時代錯誤の聖職者キャラがあまりにファンシーガール過ぎて、読んでいるとお茶を吹きそうになってしまいます。

でも、案外、世の中には「自分の考えこそ正しい、結婚生活はこうあるべき」というパートナーの考えによって、不幸、もしくは我慢を強いられている人もいるのかもしれません

その姿勢は、この本の雪穂の如く、「我こそが蛮族たちを啓蒙する正しき宣教師なるぞ」という態度で相手の「異端性」を糾弾、「正しい」あり方に導いていこうとする教条主義的な態度です。

「私が正しい、あなたは間違っている」という人との間で、冷静な議論、建設的なコミュニケーションを取るのは不可能です。

できることは、まともなコミュニケーションを取る必要が出る前に、話が通じる相手かそうでないかを見極めることなのかもしれません。

不幸な結婚をしている小早川の惨めさに微妙な気持ちになった、読後少し後味の悪い物語でした。

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