男の本質的存在意義を辛口に語る。『残念な「オス」という生き物』を読む

嗚呼男は悲しい生き物。女性に自分をアピールして子孫を残すために活動に邁進。

男の全ての行動原理は結局はそこで、どんなにかっこいいことを口にしていても。すべての行動は自分の遺伝子を構成に残そうとする努力。

読後はそんな悲しい気持ちになる本がこちら。藤田紘一郎著『残念な「オス」という生き物』(フォレスト2545新書)です。

この本について

本書は生物界からオスという存在意義を明らかにしつつ、人類がどのように発展してきたかを考察。

そして今後オスという存在がこの世界でどのように生き残っていくのか。オスの過去から未来まで、丸ごと考えていく生物論的な話の本になっています。

この本を読めば、人としてのオスではなく、まず生物としてのオスという視点を理解。するとあら不思議。

なぜ男は結婚しても妻以外の女性へのアピールをやめることができないのか。今離婚件数がどんどん増加しているのか。

そうした現実的な事柄にまで、「実はそういうことなんですね」と理解できる内容になっています。

印象的な話としてはモテる男とモテない男の違い。

本書の具体的な話でいうと、モテる著者の長男と、モテたいと願いつつ人生で決してモテることがなかった著者自身。

その比較を通じて、モテる男モテない男。その本質的な違いにクスッとできます。

しかしモテる本質とは結局遺伝子を獲得するための男の悲しい本能がその原点。

結局男は、オスという自分を否定できない悲しい存在であることに納得せざるを得ない話になっています。

感想など

タイトルが気になって読んでみましたが、まぁ予定調和。男の存在は、本当に虚しいなと感じる話が満載です。

その感覚は昔10代の若かりし頃、村上龍さんの『すべての男は消耗品である』を読んだときと同じものがあります。

つまり、なぜ男は女性にモテようと頑張るのか。

仕事を頑張ることもモテようと筋トレすることも。お金を稼ぐことも。全ては「オス」という言葉に凝縮。

そのことを考えると、男は辛いよ。やるせない存在なのかもしれません。

しかし一方で、オスとして頑張ろうとする意思こそが世の中を発展させ、進歩させてきた。

そこには争いなどのマイナスはありつつも、オスの存在があるからこそ、世の中は進歩してきた。

そういう明るい面があるのも確かだと信じたい。

つまり女性にモテようとする男の本能は正しい。それこそがきっと、男を磨き、成長させ、世の中の役に立つ人間にするはずなのですから。多分。

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