米沢 上杉家で謙信が神格化された理由を解き明かす『神になった戦国大名』を読んだ感想

神になった戦国大名

私は小学生の頃から戦国時代が好きで、戦国大名の本を読み、いろいろな城に行くのが好きです。

数ある戦国大名の中でも特に好きなのが上杉謙信。

2002年の1月の雪だらけのとき、春日山城を登山しましたし、2007年の夏も春日山城を見に行き、2011年は米沢で上杉家の霊廟に、2012年は川中島に旅行。

上杉家関連の土地は、すべて旅行しました。

戦いに強いけど欲がない、損得なしに自分の思想や信条に従い行動する。そんなイメージがある謙信が好きです。

ところで、上杉謙信というと、戦国大名という立場のほか、毘沙門天を崇拝する宗教家であることは有名です。

真言宗を信仰し、密教の奥義を習得、大阿闍梨と呼ばれる高い尊称を得るほど、強い信仰心を持っていたようです。

これは、当時の戦国大名としては異質なことで、法位を得て宗教家になった大名は謙信くらいしかいないと考えられています。

そして、謙信の死後の上杉家では、謙信の遺体を出身国の越後から新しい領土の米沢にまで移送、安置して祭祀を行っています。

そこでは、他の大名家にはない、強い謙信崇拝とまで言える、手厚い祭り方がされています。

謙信が祀られている理由

なぜ上杉謙信は子孫から神のように崇拝されてきたのか?

その答えを解き明かすのが本書『神になった戦国大名』。この本では、謙信自身の宗教性に加え、謙信を神のように崇拝、祭祀を行う上杉家の事情や理由について分析しています。

簡単に内容を要約すると、謙信が持つ信仰心に加え、後継者の上杉景勝、定勝によって謙信は米沢藩で神仏として位置づけられ、米沢藩の守り神(精神的な柱)になったという内容です。

米沢城には謙信を祭る御堂(みどう、遺体もそこに祭られていたそうです)があるそうで、米沢藩独自の謙信信仰と呼べる信仰が生まれていきます。

私も米沢城跡(今は公園になっています)と上杉家霊廟に2011年9月に行きましたが、空気が済んでいて、公園はとても気持ち良かったです。

米沢城跡

下の写真は霊廟です。

霊廟では、中に入った瞬間、ひんやりとした澄んだ空気を感じましたが、そこで鎮座している謙信(正面にあります)を始め上杉家藩主の墓を見てきました。

上杉家霊廟

米沢牛が最高に美味しかった話は別として、子孫代々、上杉家藩主の墓が並んでいるところを見ると、歴史の重みを感じます。

そして、謙信のライバルの武田家が滅んだ(血筋は残っているそうですが)のとは別に、大名家として幕末まで残った上杉家、違いは何だったのだろうと考えてしまいます。

話は脱線しましたが、『神になった戦国大名』は謙信の戦国ネタというよりも、宗教性にスポットを当てた本です。宗教用語が出てきたり、やや内容は難しいです。

ただ、謙信ファンなら、「そうだったのか!」と思うことが何度もあるので、読んでみると面白いと思います。

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