結局、みんな頑張るのは自分を頼りにしないと生きていけない時代だから?『「自己啓発病」社会』を読む

「自己啓発病」社会 「スキルアップ」という病に冒される日本人 (祥伝社黄金文庫)

宮崎学著『「自己啓発病」社会 「スキルアップ」という病に冒される日本人 』(祥伝社黄金文庫)をの読書感想です。

内容について

資格取得やMBAなど、一時期流行した(現代も?)自己啓発ブームの背景と問題点を分析した本。

この本を読むことで、「多くの人が自己啓発本を読み、資格を取得する背景にはいろんな事情があって、その背景には競争社会で生まれる利己主義の問題がある」ということが分かります。

以下、本書の気になった内容の要約です。

自己啓発ブームの背景にあるもの(P3)

自己啓発の本質である「スキルアップによる他者との差別化」について。

今のご時世、人と同じ能力やスキルを持つ人は、コモディティ人材として低賃金労働へ追いやられてしまう。そこで、自己啓発をする多くの人は、自分と他の人との違いを明確にして他者との「差別化」を図るため、スキルアップや資格取得を頑張る。

この「差別化」の背景には、人と同じでは競争に負けて下に落とされてしまうので、この世の中を生き抜き、地位とお金を手に入れるために他人を蹴落とそうという心理がある。

小泉改革がもたらしたもの(P29)

小泉元首相が実施した一連の改革は、弱者が固まって共存しようとする仕組みを壊し、もたれあいの精神を破壊した。結果的に「公」の概念も消えてしまい、弱肉強食、強いものだけが勝つ社会を生み出した。

資格取得は人生を成功に導くか(P49)

法科大学院やMBA、社会人による大学院入学や高度な資格取得が流行したが、この流行は作られた流行であり、この流行にのせられた人の多くは、費やした努力に対する報いを得ていない。

実際に苦労して資格を取得したとしても、その資格が実務で役に立つことは少なく、結局のところ、資格を取得しようがしまいが、成功するかしないかは本人次第。

スマイルズの『自助論』の「誤読」の影響(P60)

「自分の人生の責任は自分にあり、成功は自分次第だ」と説く自己啓発の古典『自助論』。この本に影響を受けてセルフメイドマンになることには問題はない。

しかし、「自助」にこだわるあまり、他者との協力や連携を否定し、「オレだよオレ!」「オレのことはオレで何とかできるんだ、オレは何でもできるんだ!」というような自己万能感が誇大化してしまう危険も。

『自助論』は個人のための自己啓発書ではない(P76)

『自助論』は、志を立てる大切さ、勤労の大切さ、自立心を養うことの大切さを説いている本であって、個人主義的な成功を推奨している本ではない。

この本では自立の大切さを説いているが、自立は利己主義的なものではなく、自助しつつも個人の独立に根ざした相互扶助心を説いている。

しかし、『自助論』を読む日本人は自立と利己心を混同しがち。自助的な行為を、「自分さえよければ」というような利己的なものと混同している。

『自助論』リバイバルの背景(P105)

『自助論』が再度注目されだしたのは1980年代、上智大学の渡部昇一名誉教授が仕掛け人。

「自分で自分のことができない、国に生活を頼るような人々が増えるにつれ、国が傾いていく。だからこそ自助の人を増やすため、スマイルズの『自助論』が注目されていいのではないか」という渡部昇一名誉教授の考え方が復活の背景。

江戸時代は暗黒時代ではなかった?(P123)

江戸時代は、徳川幕府による身分制度によって、人々は抑圧され、不自由で不幸な時代だったと錯覚されがちだが、そんなことはない。

江戸時代の人々は、「自由」や「個人」という概念を持ってはいないが、人々はコミュニティを持ち、最低限の生活を維持するための互助社会があった。そこで、コミュニティのメンバーはお互いに尊重し合い、のびのびと暮らしていた。

自己啓発社会の怖いところ(P134)

「成功も失敗も、個人の努力しだい。自分の努力で何でも実現できるのであれば、今失敗続きで上手くいっていない現実はすべて本人の努力が足りないから。」

これが自己啓発の考え方だが、実際物事はそんなに単純なものではない。人はいとも簡単に、不運に足をからめとられ、どん底に落ちてしまう。個人の努力が及ばない範囲で不幸になることもある。

自己啓発が流行する背景には、邪推すると、「負け組」が生まれる理由を、本人の努力にしたい何ものかがいるからではないか。会社であるなら、スキルアップ講座を用意、結果を出せない社員をクビにできる。

本人の不幸や貧乏を「個人の努力」を理由にしたい人々がいるのではないか。

黙って待っていても助けはこない、だから(P148)

つらい状況のとき、黙って我慢するのが日本人だが、我慢しても状況は変わらない。つらいときは、外に対して積極的に働きかけることが必要。こうすることで、「天は自ら助くる者を助く」という状況になる。

「勤勉さ」は奴隷を働かせる方便だった(P180)

勤勉に働くことの意味が云々されだしたのは近代から。それまで、労働=奴隷の働きだった。欧州の貴族たちは、奴隷たちの無償の労働によって、贅沢な暮らしが維持できていた。

奴隷がきちんと働かなければ、貴族の贅沢な暮らしはない。だからこそ、労働を素晴らしいものと定義付ける必要があった。18世紀の産業化社会の到来によって、労働の概念が変わり、勤勉さが美徳になっていく。

感想など

タイトル買いした一冊。単純な自己啓発ブーム批判の本だと思っていたのですが、

「資格取得や自己啓発が流行しているが、それは今が競争社会であって、自分が敗者にならないようになるために、自己啓発や資格取得で他人に負けないようにしているだけ」

というような、自己啓発ブームの批判というより、「自分さえよければいい」というような新自由主義社会への批判的内容の本のように思いました。

この本では、自己啓発のルーツや流行の根本的な考え方が有名な自己啓発書の『自助論』をもとに展開されているのですが、私も『自助論』は何度も読んでいて、単純にこの本を己の克己心を刺激する本だと思っていました。

しかし、物事はそんなに単純ではなく、自己啓発の背景にも、いろんな複雑なものがあるようです。

なぜ日本ではスマイルズの『自助論』が個人的な成功を追い求めるための自己啓発本として捉えられているのか、その理由を明治からさかのぼり解説しているところが勉強になりました(P91~96)。

日本ではとかく個人の自立心や独立心が利己的な成功と結びついて、公徳心が欠如した「オレオレオレ」の強欲さとつながるのか、この本を読むことでスッキリと理解できました。

今の社会、競争が進むことで、人とのつながりがうすれ、誰もが「オレオレオレ」にならないと生きてはいけない社会になりつつあります。

結果、「互助」の精神や「公」の精神が日本から消え、誰もが自分第一、人の気持ちを思いやれないギスギスしたストレス社会が生まれつつあります。

まぁ確かに、一人の成功者がいれば、その影に多くの敗者がいるのが競争社会。一人の裕福な暮らしをする人の影には、多くの貧乏な人が生まれます。

読後はあまり良い気持ちになりませんでしたが、どうにかして、この世の中を生き抜いていきたいものです。

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