『ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。』の読書感想 – 「人生」という物語をどう生きるのか

ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。―ジョーゼフ・キャンベル対話集

神話が教える人生の秘密。

ジョーゼフ・キャンベル著、馬場悠子訳『ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。―ジョーゼフ・キャンベル対話集』(築地書館)の読書感想です。

この本について

神話学で有名なジョーゼフ・キャンベルの対話集。

タイトルとは若干内容が違うような印象を受けますが、会話を文字にした本なので、『神話の力』に比べると内容が読みやす印象。

この本で、ジョーゼフ・キャンベルの神話についての考え方、基本的な知識を分かりやすく学べる内容になっています。

以下、本書の読書メモです。

至福に従う(P12)

自らの幸せを心から求めること、それが人生で一番大切なこと。お金に従えってもお金を無くしてしまうことがあるが、至福に従えば常に至福がある

神話について(P18)

神話=暗喩(メタファー)。

神話のイメージは私たちが内側に持っている精神的な力の象徴。人類の経験、生活に根ざしたものであり、事実を超えた事実を指し示している。

人生について(P23)

人生を振り返ってみると、まるで人生があらかじめ計画されていた物語のように思える。

ちょっとした出会いが、新しい出来事へと発展、人生が変わっていく。それはまるで小説のよう。人生には筋書きのような流れがあり、私たちは、その筋書きにそって生きているのかもしれない

それを考えると、日々のトラブル、喜怒哀楽の経験は、人生という体験を彩る貴重なものであり、どんな経験にも意味があるのかもしれない。

だからこそ、人生は安全な道を選ぶのでなく、探求を積み重ねることができる方向へ進んでいくことが大切。

道化の役割(P47)

物語に登場する道化について。

神話には何かしら、道化のような存在が必ず登場する。それらは無意識のように、突然物語に押し入ってくる。そして、理性や既存のものに対して揚げ足を取る。

道化が王のアドバイザーになるのは、道化が権威に無頓着だから。

道化は既存のシステムを超えた存在であり、道化の行動により、新しい側面、まだ生まれていない新しい可能性の存在を知ることができる。

三位一体について(P107)

キリスト教で登場する三位一体のシンボルについて。

伝統的な西洋の解釈では、三位=父と子と精霊。父は究極の神聖な存在であり、人格化された存在。息子は父を知るものであり、父と子は、「知るものと知られるもの」という関係。

感想など

人生はまるで事前に計画されていた小説の筋書きのよう。そんな言葉が印象的な本。

確かに、人生ときに振り返ると、「なぜこんなことが起こるのか?」というような出来事によって、新しい道へと導かれているような、人生がまるで一つの物語のように思えるときがあります。

10年20年30年、長い目で人生を俯瞰してみると、確かにそこには一定の流れがあって、一つ一つの関係のないように思える出来事も、よくよく見ると、ある方向へつながっていることに気がつきます

このことを考えると、「人生は一つの物語」という本書の言葉は、なかなか示唆に富んでいる話だと思います。

もし、人生が一つの物語であるとするならば、「運命」という重たい言葉が頭によぎりますが、実際はどうなのか?

自由意志で100%道を決めることができるのか、はたまた、ある程度の道筋が決っているのか、興味がつきないところですが、その答えはいつか、自分自身で答えを出したいものです。

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