『リベラルアーツの学び方』の読書感想 – 知は力、だからこそ

リベラルアーツの学び方 (ディスカヴァー・レボリューションズ)

教養は役に立たない!?

瀬木比呂志著『リベラルアーツの学び方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の読書感想です。

この本について

現代人のためのリベラルアーツ論。

リベラルアーツを現代で生きるための知恵と定義、今だからこそリベラルアーツを学ぶ意味を提唱。学び方、考え方を学ぶきっかけになる入門書となっています。

以下、本書の読書メモです。

はじめに、リベラルアーツとは(P4)

リベラルアーツは大学における基本科目ではなく、「人の精神を自由にする幅広い基礎的学問・教養」。

リベラルアーツを学ぶことで、実践的な意味における生きた教養を身につけ、自分のものとして消化、それらを横断的に結びつけ広い視野、独自の視点を獲得。

自らの人生をより深く意義のあるものにできる。

現代の問題点(P9)

リベラルアーツは考える方法や感じる方法の生きた蓄積。人それぞれ、自分で考え発想する力。

現代はリベラルアーツが不足しており、インターネットで情報を簡単に入手できるが、自分で考え発想する、その核となる「教養力」が乏しい。

本当に残っていく教養とは(P43)

人の中に残っていく本当の思想というのは、その人の思考と人間性が滲みでたもの。

本当に残っていく教養もそれと同じ。人が正面から向き合い、対話し、獲得したものが、本当の教養になる。

そして、このような本当の思想、教養が人を動かす。

リベラルアーツを学ぶこと(P69)

リベラルアーツを学ぶことで、仕事や生活、人生全般を豊かにする。選択肢が広がり、人を見る眼、物事を見る眼が深く、広くなる。

リベラルアーツは生きる力、生きる楽しみや喜びを高め、人生のおける自己実現力を高めてくれる。

現代における情報収集&処理術(P106)

現代は情報過多の時代。

情報の波におぼれ、全体が見えぬくくなっている。このような状況のなか、情報を集め処理する、情報処理力が大切になってくる。

情報はテレビや雑誌、ネット、メディア、対象ごと、適切に処理する。

コレクションの意味(P130)

モノをコレクションをする究極の意味は、いつでも手に取れる場所に、タイトルや表紙が眺められる場所に、コレクションしたものがあることによって、自分の生きてきた精神の形が確かめられること

コレクションで集めたものは、自分の精神の現れで、それを眺めることによって、自分の生きてきた精神の形を確認することができる。

人は文化・文明によって人間になる(P207)

人は、生まれながらにして「人間」らしい存在ではない。

人は、生まれた環境、文化や文明によって守られ、そこで教育を受けることによって、「人間」らしくなっていく。

人は「自然の子」であるが、同時に「文化・文明の子」でもある。

私たちがどれだけ育った環境、文化、教育に影響を受けているかを認識しておくことが大切。

感想など

「教養」というと少し堅苦しい感じがしますが、つまりは学び考え、自分で発想していく、その根本となる力が「教養」なんだ、そんなことが実感できる本。

私たちは無から有を生み出すことはできませんが、様々なことを学び、考え、行動していくうち、様々な考え、発想、知恵が生まれてきます。それによって、自分の道を見つけることができます。

学び、考え、行動する。教養力は根本的な力に。だからこそ、学ぶことはとても大切なことなのかもしれません。

学ぶ理由に「無知は高くつく」という実利的な理由もありますが、学ぶことは人生の可能性を広げること。

1つ学ぶことで、2つ3つ、新しい選択肢が見えてくる。学ぶことにはそんな素晴らしい力があるのかもしれません。

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