風立ちぬ、いざ生めやも。堀辰雄『風立ちぬ・美しい村』を読む

宮崎駿の映画『風立ちぬ』を観て感動。今度は堀辰雄の原作『風立ちぬ・美しい村』(新潮文庫)を読んでみました。

Le vent se leve, il faut tenter de vivre.

風立ちぬ、いざ生めやも。

物語の冒頭、フランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩「海辺の墓地」の一節から、この物語がどのようなテーマで語られるのかが示されます。

生きるということ、死へ向かうなかで生きていくこと、生きている時の一刻一刻。私とヒロインの節子。

小説『風立ちぬ』は、主人公の「私」とヒロインの「節子」、二人が風のように過ぎていく時間をどのように生きていたかを記した記録、という体裁の物語です。

物語について

小説『風立ちぬ』に登場する節子は、堀辰雄の恋人、矢野綾子をモデルにしていると言われています。

作者の堀辰雄は軽井沢で矢野綾子と知り合い婚約。しかし婚約の翌年、綾子の結核が悪化し、堀辰雄自身も結核の病に。

そんななか、堀辰雄は綾子ととともにサナトリウム(八ヶ岳山麓の富士見高原療養所)に入ることに。結局、堀辰雄自身は回復するものの、綾子は年末にその生を終えます。

小説『風立ちぬ』では、序曲から春、風立ちぬ、冬、そして死のかげの谷。物語は、ヒロインである節子の死へ向かい進んでいきます。

冒頭、「私」によって示される「風立ちぬ、いざ生めやも」という言葉は、「あぁ、これから大変なことになる。でも生きなければ」という、生への意思を表明した言葉なのです。

映画との関係

宮崎駿監督の『風立ちぬ』では、堀越二郎が主人公ですが、実際の二郎はこの本の「私=堀辰雄」のキャラクターがもとになっているように感じました。

菜穂子=節子でしたし、2人の出会いも、小説をもとにしたと思われる場面が登場します。

・高原で絵を描いている菜穂子

・結核におかされている菜穂子

・婚約し結婚、仕事をしながら菜穂子と暮らす二郎

このことから、映画は、ストーリー自体は堀越二郎の半生を描いているものであるけれど、そのキャラクターは、堀辰雄をもとにしていると感じました。

感想など

小説『風立ちぬ』は、本当に淡々と物語が進行していきます。

形としては、「妻と私の思い出を記した手記」ですが、実際には堀辰雄が矢野綾子との思い出を記した私小説になっています。

淡々と進む時間のなか、綴られる「私」と「節子」の日々。読後は何とも言えない淡い感情が胸に去来します。

宮崎駿監督の『風立ちぬ』を観て感動された方はぜひ(ネットではここで見れます)。

本はこちら