夢を見る。たったそのためだけに払うお金は?『夢を売る男』の読書感想

夢を売る男 (幻冬舎文庫)

その夢はお金で実現する?

百田尚樹著『夢を売る男』(幻冬舎文庫)の読書感想です。

あらすじ

丸栄社に勤務するやり手の編集長の牛河原は、作家志望の人におべんちゃらを言って作品を出版させる、出版ビジネスの仕事をしている。

何らかの理由で本を出したい人々相手に、自費出版契約を結ばせ、牛河原の会社は大きな利益を出していたが・・・。

自費出版ビジネスを痛快に描く

300ページ以上ある小説ながらあまりの面白さに夢中で読了、めちゃくちゃ面白かったです。

何が面白かったかというと、出版業界の自費出版ビジネスの話もそうですが、主人公の牛河原のキャラが最高にいい!

小説を読み始めた最初は、牛河原のことをただの詐欺師かと思っていました。

手始めに、三流私大に通う22歳の鈴木を「君は才能がある!」と説得して200万円出して出版しないかと勧誘。

親というのは、どんなに出来の悪い子供でも、本当は素晴らしいところがあるんじゃないかと信じているからな。

P32

と辛辣なセリフを吐いたり、部下の荒木に「なぜみんな、数百万円ものお金を払って本を出そうとするのか?」と聞かれると、

小説だからだよ。小説を書く奴なんて、たいてい頭がおかしいんだ。

〜略〜

つまり最後まで書き切るというのは、そのあたりの神経がどこかおかしいんだ。

自分の作品が傑作だと信じ切れる人間でないと、まず最後までモチベーションを維持できない。

賞を取れるかどうか分からない長編小説を最後まで書き切る人間は、自分の作品を傑作と信じている。

だから傑作だと言ってやれば、疑う人間はいない。ああ、やっとわかってくれる人がいた、と心から喜ぶ。

それを嘘かもしれないと疑う冷静な人間なら、そもそも小説なんか書かない。

P34

と、とことん尖っています。

そして、作家志望の才能のない人達をビジネス相手にして、

まあカモの気持ちなんか理解していないくてもどうってことはない。大事なことはカモを逃さないことだ。

P40

と、出版ビジネスをビジネスと割りきっています。

こんな具合なので、てっきり詐欺師キャラかなと思っていたのですが、牛河原の前職は超有名出版者のやり手編集者。

「部下がいいと思った本は必ず出版してきた」という、人一倍本に対するこだわりと信念がある男であることが判明します。

出版に対して自分なりの矜持を持った男で、だからこそ、売れない本を出すこと、出版社が赤字を垂れ流すことに苦悩し、まじめに未来を考えています。

何というか、読後は本当に清々しいというか、スッキリするというか、「この人はカッコイイな、こんな上司と出会いたいな」と思うくらい、魅力的なキャラになっています。

満たされぬ自己顕示欲と足りない自信がカモの道

しかも面白いのは、この小説は牛河原だけでなく、他の登場人物も味付けが濃厚で香ばしい方が次々と登場します。

「ビッグになりたい」願望を持つ若者フリーター、プライドの高い主婦、自己顕示欲が強い老人、いろんなキャラが出てくるのですが、誰もが皆味付けが濃く、印象的。

例)

・25歳、スティーブ・ジョブズを目指すプーの温井

「俺はビッグになる、誰にでも本音でモノを言うぜ!」とバイト先のハンバーガー店の店長に「俺の未来は明るいがあんた(店長のこと)は一生チンケなチェーン店でハンバーガーを焼いている負け犬だ」とケンカを売りクビに。

やたら上から目線で大言壮語すれど、「努力は無駄」と現実的には何の目標もなしに日々プラプラしているだけ。「俺はほかの奴らとは違うんだ!」という過剰な自己意識が痛い。

「君は才能がある!」と牛河原におだてられ小説を書くことに。

あの手の根拠のない自信を持っている若者をその気にさせるのは簡単なもんだ、自分はやればできる男だ、と思っているからな。

自尊心にエサをつけた釣り糸を垂らしてやれば、すぐに食いつく。

P97

とアメリカ留学のためにためていたお金(100万以上!)をぼられることに。

・小さい娘を持つ教育ママ(学歴コンプレックスあり)の大垣、牛河原の分析によると「異様に」プライドが高い女。

ママ友たちの「アホさ・教養のなさ」にうんざり、我が娘に小さい頃から早期教育を実施。英語も習わせ、娘の教育記録を出版したいと考えている。

タイトルは、「賢いママ、おバカなママ」。この本を出版して作家デビュー、

書店に「大垣萌子」という名前が刻まれた本が平積みになる。

〜略〜

近所のママたちの間でセンセーションを巻き起こすに違いない〜略〜この本がきっかけで私の人生が変わるかもしれない。

おバカなママ友たちと決別して、レベルの高い友人たちを作るのだ。本来なら、私はあんな馬鹿たちと一緒にいるような人間ではない。

P115

と今の環境に不満を抱き、ママ友を始め、娘の教育環境、挙句夫にさえ「知的でない」「私結婚する相手ではなかった、娘にはこんな夫とは結婚させない」と一刀両断。

本書ではこんな香ばしい人たち(現実にいないかもしれませんが)が登場しますが、牛河原にカモになる人誰もが皆、自信のなさゆえの選民意識、歪んだ自尊心を持っています

だからこそ、その満たされない自己顕示欲を見透かされ、カモになっていくのだと思うのですが、彼らのキャラを文章で読むと、本当に笑ってしまいます。

魅力は出版業界というより牛河原のキャラ

それにしても、牛河原のキャラは爽快です。

出版業界、文芸論、いろんなネタが出てきますが、牛河原のセリフが面白い。

・プーの温井をネタにして

近頃のガキは子供の頃から、親や教師から『君はやればできる子なんだから』などと言われ続けているもんだから、大人になってもそう思い込んでいる。

でもな、本当にその言葉を使っていいのは、一度でも何かをやりとげた人間だけだ。何一つやったことのない奴が、軽々しく口にするセリフじゃない

P97

・「私たちの仕事は詐欺ではないですか」と悩む女性部下に対して

この商売で一番大事なのは、客を喜ばせることだ。人は精神的な満足と喜びを味わえれば、金なんかいくらでも出す。

P126

・小説について

本来、小説家なんて職業は、物語ることに取り憑かれた人間がなるものだと思う。

面白おかしいホラ話を語らずにはいられない異常な情熱を持った人間だ。本当に才能があるのはそういう人間だ。

P191

・小説の最後

夢はタダじゃない。現代では夢を見るには金がいるんだ。

P302

こんな感じで名言を連発。

ぼったくりには違いない出版ビジネスをしていけど、最低限のラインは守って「夢を売る」のが牛河原の仕事ですが、現実問題、彼が言うように夢を見るのもタダではないところがあります。

毒っ毛とリアリティが混ざった不思議な読後でしたが、最高に面白かったです。百田作品はこれが初めてですが、ぜひ他の作品も読んでみたい、そんな小説でした。

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