『河合隼雄の幸福論』の読書感想 – 真剣に考えてみると「幸せ」は案外分からない

河合隼雄の幸福論

心理学者が優しく語る幸福論。

河合隼雄著『河合隼雄の幸福論』(PHP研究所)の読書感想です。

この本について

心理学者の河合隼雄さんのエッセイ集。

「幸福」や「人生」をテーマにしたエッセイが中心で、何気なく読んだ文章の言葉が心に「スッー」と染みこんでくる、そんな内容になっています。

以下、本書の読書メモです。

幸せは難しい(P1)

人に愛され、お金を稼ぎ、社会的に成功する。

幸せには「こうなれば幸せ」という型があると思われているが、実際はそんなに簡単なものではない。

人に愛されたが故に、お金が持つが故に、社会で成功したが故に不幸になることもある。こうなれば、こうすれば人生幸せになれるという道はない。

幸せは求めるものではなく、こちらから求めると逃げていく。幸せなど考えず、自分にとって大切なことを追い求めることが一番。

幸せはその付属物にすぎない。

人には幸せの尺度がある(P13)

「○○すれば幸せだ、だからこうすべき」という自分の尺度で価値観を決めてはいけない。

人にはそれぞれ尺度がある。「私はこう、だからあなたもこうすべき」という考え方は、親切の押し売りと同じく、人には迷惑なもの。

幸せを押し売り、人を不幸にしてはいけない。

常識について(P35)

今や物事はものすごいスピードで変化し、一昔前の「常識」が「非常識」になってしまうことが多々ある。

このようななか、子どもにどうやって「常識」を教えればいいのか迷ってしまうが、常識を教えられるということが子どもにとって意味がある。

自分が親、上の世代から教わってきたこと、社会生活に溶け込むために必要な常識は、自信を持って子どもに伝える。

人生の午後(P38)

心理学者ユングによると、人生には前半と後半がある。

人生の前半は、自分に相応しい職業を見つけ、そこで努力し、結婚相手を見つけ家庭を育む。家族を土台に社会で頑張り、子どもを育て、地位や財産を獲得していく。

ところが、人生の後半は、それまで築き上げてきたものに対し疑問を感じる出来事が起こり、生きること、死ぬこと、人生の深いテーマについて考えざるをえなくなる。

人生の後半、お金儲けや社会的な成功だけを追い求めていると、老いてあの世へ行くとき、大きな困難を抱えることになる

効率を求めること(P44)

仕事や勉強、効率を求め効果的にこなしていくことは大切だが、効率を求めると、好きなこと、楽しいことにすら、一律に効率を求めるようになる。

そうすると、本来自然に楽しむべきことまでが平板化され楽しめが減少、何のためにするのか分からなくなってしまう。

効率にしばられると、幸せや楽しみを感じる感性をなくしてしまい、人生を楽しむことが難しくなってしまう。

だから、楽しいこと、面白いことは、効率など考えず、ありのまま楽しめばいい。

竜退治の心理学的意味(P91)

西洋における英雄による竜退治の心理学的な解釈について。

ユング派の分析家ノイマンによると、英雄による竜退治は自我の確立のプロセス。英雄は自我の象徴であり、竜は自我の確立を阻もうとする母性の象徴。

英雄は竜を退治し、そして新しいヒロインを見つける。

西洋においては、自我の確立はある種の母殺しの過程であり、母親から自立することによって、人は自我を確立していく。

母殺しをしたあとには、自我が孤立しないよう、英雄はヒロインを見つけ関係性を回復する(英雄物語に救われるヒロインが登場するのはそういう意味がある)。

「母殺し」が西洋における自我確立の一つの解釈。

幸福の条件(P179)

人が「幸福である」と感じる2つの条件。

1・将来に対して希望が持てること。

2・自分が誰かとつながり、支えられているという感覚が持てること。

光あれば影あり(P218)

アメリカの大統領、レーガンの娘パティの話。

レーガンは究極のポジティブ思考で、どんなに目の前の状況が苦しくても、それを楽しく乗り越えようと努力したポジティブシンキングマンだった。

それによってレーガンはアメリカ国民から支持と期待を受けたが、レーガンの行き過ぎたポジティブシンキングによって生じた代償は、娘が引き受けた。

パティは家庭で母親から虐待を受けたが、レーガンをそれを信じようとせず、持ち前のポジティブシンキングで前向きに考えようとして、娘を追い詰めた。

父親のレーガンが政治家として上を向いていく中、娘のパティは過食と拒食を繰り返し、薬物中毒になり、人生が転落していく。

レーガンが光を求めすぎたことによって、その影を娘のパティへ。行き過ぎたポジティブが強いマイナスを生み出す

何事もやりすぎはダメで、人生ではあいまいさ、灰色な部分を受け入れることが大切なのかもしれない。

子どもの悪について(P238)

ときに子どもは、悪さをするときがある。

子どもが悪いことをしたとき、厳しく接することは大切ではあるが、悪いことに対して一律に「ダメ」という対応してしまうと、柔軟性が欠けてしまう。

どの程度の悪を見逃して、認めないのか。このことは親が学習し、柔軟性を身につけていくことが大切。

感想など

優しい文体で「幸福とはなんぞや、人生とはなんぞや」というエッセイが楽しめた本。

お金があれば、人間関係が上手くいけば、「○○さえ上手くいけば」幸せになれると考えがちですが、人生は複雑。

お金を持ったことが不幸の原因になったり、幸せだったはずの人間関係で不幸のどん底に突き落とされることも。

この本を読むと、「むしろ幸せなんて求めない、考えない方がいいのではないか」と思いますが、それだけ人生は複雑怪奇なものなのかもしれません。

幸せは歩いてこない、だから探しにいかないぜ。そんなことを感じた本でした。

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