『東大助手物語』の読書感想 – 「仰げば酷し我が師の恩」の世界へようこそ

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東大助手物語

「俺はスゴイんだ、俺を尊敬しないやつはクズだ」という人の対処法。

中島義道著『東大助手物語』(新潮社)の読書感想です。

この本について

哲学者の著者が東大の助手時代に先輩教授によって受けた理不尽なパワハラの数々が描かれている物語。

「お前は常識がないから」「俺に対する態度が無礼だ」と罵倒され、就職の斡旋を恩に着せ家の芝刈りをやらされたり、金銭をそれとなくせびられたりと、パワハラのオンパレード。

著者はこの体験によって人間嫌いとなり、「研究者としてすべきでないこと、いや人間としてすべきでないこと」を学び、「他人から愛されることも、感謝されることも、尊敬されることも、評価されることも、鳥肌が立つほど嫌いになった」そう。

このパワハラの話は著者の他の著作でも登場した記憶があるのですが、このパワハラ体験を読むと、学者の世界で仕事を得ることは大変なんだなと思います。胃がジリジリなってしまう。

アカデミックな世界というと、知的でパワハラとは無縁の世界のようなイメージがありますが、大学に採用されて研究者としてやっていくには、頭の良さだけでなく、コネとか後ろ盾とか、いろんな泥臭いものがあるよう。

大学での就職を希望する若き研究者、大学院生らが仕事を得ようとするのであれば、まぁいろいろ、指導教官とか、上手くやっていかないとダメなよう。

指導教官の視点としては、「俺の気に食わないやつは推薦しない」という気持ちになって、パワハラとかセクハラとか、人間世界の泥臭い部分が出てくるのかも(その手の事件はたまにニュースになりますね)。

感想など

ところで、なぜパワハラをしてしまう人は必要以上にオレオレオレで、立場の弱い人に傲慢になってしまうのか?

この物語では、著者がパワハラを受けたきっかけが、「(パワハラ教授への)態度が悪い」ことでしたが、なぜ著者の態度がそのように受け取られてしまったのか、あるとき著者は、その理由が分かります。

粕谷教授が自分のカント研究にいろいろいちゃもんをつけると訴えると、教授には珍しく強い口調で言った。

「粕谷君は、学問的には何もない、何もない」

意外であったが、こういう形で私に味方してくれることが嬉しかった。だが、口まで出かかったのだが、どうしても50万円を渡す計画のことを切り出すことはできなかった。

そのとき、はっと気がついた。自分が大森教授の前と粕谷教授の前とでは、まるで態度を変えていることに気づいたのである。

助手生活一年目から二年目と駒場に長くいるにつれ、私はもはやまったく粕谷教授を学問的に尊敬しなくなっていき、それとともに、教授に対する態度も軽いものになっていった。

そこまで考えて、「態度が悪い」という粕谷教授の言葉の核心にあるものが、ふとわかった感じがした。「態度が悪い」とは「自分を尊敬しない」ということなのだ。

(P147)

俺を尊敬しないやつはクズだ、お前の俺を尊敬しない態度が気に食わない。

多分、そういう人の心理的背景にあるのは劣等感なのかもしれませんが、上の地位にありながら、自分にきちんとした業績がない人ほど、自分に自信がないから、他者の存在を脅威に感じてしまうのかも。

というか、粕谷教授のような人はきっと至るところにいて、会社でも上司自体は取り立て能力がないのに、部下の業績を盗んだり、パワハラしたり、そういう話はよく聞きます。

著者は幸い、他の職場への仕事が決まったため、事なきを得たものの、万が一失敗したら、アカデミックな職を得ることもなく、更に悲惨な運命が待っていたのかもしれません。

まぁ、世知に長けた人なら、こういうパワハラマンとも上手くやっていく、もしくは頭を使ってパワハラマンを謀殺することもできるかもしれませんが、なんかイヤ。

世の中、本当に難しいのは、働くことではなくて、こういう人間関係の対処法なのかもしれませんね。

本はこちら

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