ヨーロッパにおけるイスラム系の移民問題を考える本『ヨーロッパとイスラーム』を読んだ感想

ヨーロッパとイスラーム―共生は可能か (岩波新書)

ヨーロッパ(オランダ、ドイツ、フランス)における移民問題を研究している本、内藤正典著『ヨーロッパとイスラーム』を読みました。

内容について

第二次大戦後、ヨーロッパで労働力として受け入れられたイスラムの移民たち。

ヨーロッパとイスラームはどのように共生しているのか、どんな問題が起こっているのか。

ドイツとオランダとフランスを例として取り上げ、現状を報告しているのが本書です。

2013年にヨーロッパを旅行したのですが、イスラム系の人が前に旅行したときよりも増えていることに気がつきました。

そこで気になって、ヨーロッパの移民問題を調べているうちに見つけたのが本書です。

以下、本書の内容、気になったところの考察です。

ヨーロッパの成立とイスラムとの文化的摩擦の背景

8〜9世紀、古代ギリシャの哲学や思想、数学、科学、医学の知識がイラクやシリアなどのイスラム国家に伝播、アラビア語に翻訳される。

これらの知識が、イスラムの王朝により「知恵の館」と呼ばれる研究機関によって翻訳される。図書館も建設される。

イスラムで研究された古代ギリシャの知恵が、再びヨーロッパへ。ルネッサンスへつながる。結果、ヨーロッパに富と権力が集中。

ヨーロッパがルネッサンスの進歩を成し遂げた閉経には、イスラム王朝によるギリシャ研究がある。それがなければヨーロッパの進歩はなかった。

しかし、ヨーロッパは自力で「すべて」を成し遂げたとおごり、「ヨーロッパは自分だけで独自の文明を作り上げた」と思い込むようになった。

結果、イスラムの文化、他の文化を軽視、見下す姿勢が生まれ、「神は必要なく、人の力で何でも可能になる」というヨーロッパ人の「万能感」を生む土壌を作った。

今の時代、ヨーロッパの価値観を体現したのがアメリカ。西洋の持つ「力」を最もあらわな形で示している国家となっている。

戦争を「文明」と「野蛮」というようにラベル付けする姿勢は、

「進歩的なヨーロッパのような文明人に従うか、野蛮で遅れている国の野蛮人になるか、どうするのか?」

と恫喝するのは、巨大な力、「我こそが一番優れている」と考えるヨーロッパ人の姿勢をそのまま体現している。

ヨーロッパ社会における移民問題の背景

・ヨーロッパはなぜ移民を受け入れたか?

→安い給料で働いてくれるから。景気が悪くなれば、いつでもクビにできる「便利」な存在。労働の調整弁。

・移民問題の実際

理論的に、移民をたくさん受け入れて働いてもらえば、いつでもクビにできるし、低賃金で働いてもらえるので、企業からすれば「搾取」は容易。

企業が儲かれば、国の経済も成長。経済的な成長面からみれば、このようなメリットがあるのが移民制度。

イスラム系の移民を受け入れたヨーロッパのホスト社会は「遅れたイスラムの国」から「進んだヨーロッパの国」にきて、自分たちを見習ってくれればいいと考えていたが・・・。

しかし、実際には、移民は人なので、理屈通りにはいかない。

移住して、安い賃金でこきつかわれ、社会の底辺で暮らす移民はだんだんとその社会への不満が募ってくる。

結果、犯罪に走るものが増え、その社会の治安が悪化、街の雰囲気が悪くなる。

移民のなかには成功するものもいるが、大半は社会の底辺。一部の地域にスラムを形成し、そこに住処を作る。そこは、「ヨーロッパのなかのイスラム地域」になる。

また、イスラム移民は独自の宗教を順守し、「進んだヨーロッパ文化」に同化しようとはせず、ヨーロッパの中で「見習うべきものとそうでないもの」を区別している。

そのため、ヨーロッパのホスト社会は、自分たちの文化に「同化」しないイスラム移民たちを不安視。

危険視するようになっている。

ドイツの移民政策

第二次大戦の敗戦により、ドイツは移民を積極的に受け入れるようになる。ドイツではトルコ系の移民が多い。

ただ、ドイツが移民を受け入れた理由は人道的な理由ではなく、経済的なもの。

「安い賃金」で働いてくれる移民は、一時的な労働者(ガストアルバイター)。いつかは国に帰ってもらえると考え、移民を受け入れた。

しかし、好景気が終わって不景気になると、ドイツ人自体の仕事が減り、移民のような外国人に対する風当たりが強くなった。

ただ、表立って移民の人たちを「排除」することはできないので、移民は移民街で、ドイツ人と関わらないように過ごしてくれるよう望んだ。

結果的に、ドイツでは小イスタンブールと呼ばれるトルコ人ゲットーが様々な地域で出来るようになった。

ここの移民たちは、ドイツ語を話さなくても生活でき、移民たちの店もある。そのため、ドイツ社会に同化はせず、ドイツ語が話せない移民二世三世が生まれていく。

ドイツ人にとっては、ドイツ語を話せず、ドイツ社会に同化しない移民たちに不信感や不安を感じるようになり、表面化で対立が進んでいる。

ドイツの大都市、ケルンでは、移民たちのイスラムモスク建設が問題になっています。

トルコ人の移民はイスラムなので、モスクを作ろうとしているそうですが、キリスト教徒のケルン住民ともめているそうです。

新天地を求めドイツでは多文化主義が根付かず、ドイツに移住したトルコ系移民たちは、かりに経済的に成功しても、ドイツ人として認められない。

あくまで「一時的な」労働者。

多文化主義のオランダでは

麻薬や売春合法、移民受け入れも積極的なオランダ。こちらでは移民の問題は起こっていない?

・オランダの多文化主義

→お互いの違いを理解し合い存在を認め合う。

ただし、相手の違いを理解し、尊重するわけではなく、どちらかというと、「臭いものに蓋、見ざる言わざる聞かざる」的な対応がオランダ。

・オランダでも移民とオランダ人の住み分けが

→白い学校と黒い学校。オランダでも、移民が移民たちが多く住む街にスラムを作り、その近くの学校は移民の多い学校に。

オランダ人は、オランダ人が多い学校に子供を通わせる。オランダの街のなかでも移民と現地人の住み分けがされている。

・禁欲的なイスラム文化と自由なオランダ文化の摩擦

→イスラムの人にとって、オランダは「危険」な街。

なんでも欲望は叶えられる。欲望を克服し禁欲を目指すイスラム文化の人にとって、オランダの自由な文化は「道を踏み外す」危険性がある。

感想など

2013年、オランダ、ドイツ、スイスと旅行してきたのですが、ここで気がついたことがあります。それは、イスラム系の人が増えたな、ということです。

ドイツへ行っても、オランダに行っても、イスラムの衣装を着た人がたくさん歩いていましたので、気になって移民のことを調べてみました。

すると、オランダでもドイツでも、現地の人と移民の人との対立が問題になっているそう。

この本では、ドイツ、オランダ、フランスの例が取り上げられていますが、どこも受け入れたホスト社会の住民と移民の対立が起こっています。

日本でも、経済界のえらい人たちが「日本が経済成長を続けていくためには、移民を受け入れなければいけない」と主張されています。

しかし移民を受け入れ、仮に経済成長ができたとしても、様々な問題が生まれるのは間違いありません。

「移民を受け入れる=安い賃金で働いてもらう」ということなので、たしかに安い賃金で働いてもらえば、人件費も抑えられますし、商売は上手くいくかもしれません。

しかし、「安い賃金で働かされ、そこから抜け出せない」と気がづいた移民たちが、日本社会に溶け込もうとするでしょうか?疑問に感じます。

また、移民を受け入れるということは、日本に他の文化的背景の異なる人達を受け入れるということ。

ということは、日本の姿、街の様子、風習、あらゆる面が変わっていく可能性があるということです。

この意味で本書はある意味日本の未来を暗示している書。

経済界のおえらい方には、算盤勘定で移民=経済成長と考えず、もっと幅広い面から、移民受け入れるを検討して欲しいと考えるのは私だけでしょうか。

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