『現代という時代の気質』の読書感想 – 人が時代を作るのか、時代が人を作るのか

現代という時代の気質 (ちくま学芸文庫)

未来を考えるには今、足元を見てから。

エリック・ホッファー著『現代という時代の気質』(ちくま学芸文庫)の読書感想です。

この本について

沖仲仕(おきなかし)の哲学者、エリック・ホッファーによる大衆運動と知識人を考察する本。

「現在のアメリカでは大衆が退場しようとしている~略~大衆の特殊な素質と才能は受け入れる余地はもはやなくなっている~略~われわれの時代が大衆の時代であるとはとんでもない。今は知識人の時代なのだ」(P84)

など、アメリカの知識層がどのような影響力を発揮しているのか、その結果、人々にどんな影響を与えているのか、「知識人とアメリカの対立」という構造で社会を考察しているのがこの本の特徴。

では知識人とはどんな人なのか?

知識人は一部のエリート階級であり、いろいろなところで、その権力を発揮する影響力の根を植えています。

彼らは、

「知識人は権力を得ると、人間に対する深い不信をこうじさせる。彼らは互いを信用しないが、最も深い不信は一般大衆に対するものである。」(P95)

という特質を持っており、

「なぜ権力は他のタイプの人間以上に知識人を腐敗させるのだろうか。その理由のひとつは、教育が個々人を人間性の改革と刷新の仕事にそなえさせ、魂の操縦者、そして望ましい人間的属性の製造者として行動すべく用意させるからだと推測することができる。このため、権力が行動の自由を与えたとき、知識人は人間性を型にはめ加工することのできる材料と同様に扱ってしまいやすいのである。」(P122)

「権力による知識人の腐敗のもうひとつの源泉は、いかに強力になろうとも彼は依然として弱者という武器を利用し続けるという点にある~略~最後に権力の座にある知識人は慢性的に恐怖しており、この点に彼らの権力による腐敗の第三の原因がある。なぜならば、知識人は自分が恐れているものはなにかをみずから認めることができないからである。」(P123)

というように、知識人が大衆と対立していく構図を「権力」という視点で考察。

この考え方を用いることで、一部のものが多くのものと対立、なぜ独裁的な体制が生まれるのか、想像力を巡らすことができます。

感想など

知識人と大衆の対立、ファシズム批判、個人的には難しくて理解できないところも多々くありましたが、

「人は年をとるにつれて自動的に成長するだろうか?少年性というのは年齢の問題よりもむしろ精神の状態ではないだろうか?」(P16)

「権力というものはつねに人間の本性、つまり人間という変数を行動の方式から消去してしまおうという衝動を帯びている。」(P56)

「人間を天使に変えることを望む救済者は、人間を奴隷や動物に変えようとする人非人に劣らず、人間の本性を憎むことになるのだ。」(P122)

など、ところどころ登場する人間的な部分の考察は、まるで鋭い切っ先に胸をえぐるように、「人間とはなんぞや」という疑問を突きつけてきます。

いつの時代でも、人は生きていきます。

生きること、そして生きている時代のことを考えることで、周りに流されず、地に足を着けて、生きていくことができるのかもしれません。

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