『最貧困女子』の読書感想 – 人生は原則自己責任、ただし

最貧困女子 (幻冬舎新書)

生まれながらにしてはい上がれない女性の苦しみを告発。

鈴木大介著『最貧困女子』(幻冬舎新書)の読書感想です。

この本について

最貧困女子と呼ばれる、日本の女性たちを取材した本。

最貧困女子とは、ただの貧困で苦しむ女性ではなく、「家族・地域・社会保障制度、この三つの縁から切り離されてしまった女性」のこと。

頼るべき家族がなく、地域とのつながりもない。社会保障も受けられない。生きるために、体を売って日銭を稼ぐ、そのような女性のことを指します。

貧困でも、家族や地域とのつながりがある場合、貧乏ながらも生きていくことができますが、最貧困女子は、家族、友人、そして社会、一切のつながりを絶たれてしまった存在。

彼女らがどのような苦しみを持っているか、どのような現状にあるのか、衝撃的な日本の現実を知る内容になっています。

以下、本書の読書メモです。

貧乏なだけなら問題の根は深くない(P45)

日本の貧困問題は、収入のことが議論になるが、貧乏でも、家族や友人、何らかの形で人とのつながりがある女性は、まだ状況が良い。

地元に残って、若いうちの子どもを産み育て、貧乏ながら仕事を持つ。このような女性はプア充女子と呼ばれ、仲間とのつながり、地元への強い愛着を持っている。

貧乏と貧困の違い(P49)

貧乏は単純にお金がないだけで不幸せなわけではない。家族や地域とのつながりがあり、人によっては、貧乏でも幸せに生きている。

貧困は、貧乏なだけでなく、家族や地域とのつながりが絶たれ、それゆえに、お金だけでなく、精神的にも苦しい状況にあることを差す。

日本の最貧困女子の特徴(P76)

日本の最貧困女子の特徴は、「三つの無縁と三つの障害」を持っていること。

彼女らは、家族との関係が絶たれていたり関係が悪かったりしている(1)。そして、心を病んでいたり、受けるべき学校を教育を受けることができていない(2)。

また、彼女らは住所や子どもの問題(子どもを手放すことを恐れている)などにより、公的支援を受けることが難しい状況で、ますます状況が難しくなっている(3)。

彼女らの問題や苦しみは、外からは見えにくく、第三者が介入しづらい状況にある。彼女らの問題を可視化し、支援できる仕組みを作っていくことが大切。

奪われても失わないもの(P150)

流浪の民として知られるユダヤ人が、教育熱心なのは、知識や教養は誰にも奪われることがないから。お金や土地は奪われ、失われる危険がある。しかし、学んだ知識は誰からも奪われることはない

感想など

衝撃的な本。

あえてここでは具体的なことは書きませんでしたが、「こんな現実があるのか・・・」とどんよりしてしまう事例がどんどん出てきて、何とも言えぬ後味の悪さを感じます。

この本では、女性の貧困の中でも最低辺、最貧困女子と呼ばれる女性が内容の中心なのですが、彼女がなぜ最貧困女子となってしまったのか、この本を読んでいると、「これは本人の努力ではどうにもならないだろう」という状況が多いように思います。

生まれながら、親からネグレクト、もしくは暴力。小学校、中学校へ通えず、まともな教育を受けられない。当然、仕事にも就けません。

今のご時世、高校大学を出ても、良い仕事が得にくい時代。

誰もが競争のチャンスが与えられているというのが世の中の建前ですが、現実は競争をする前から、有利不利がある出来レースのようなもの。

世の中は不平等であり。努力だけではどうしようもない現実もあると思います。

もちろん、今いる環境で努力をすることは大事だと思います。努力ができる環境で、最大限の努力をする。その結果、何かを手にしていく。

しかし、問題なのは、生まれながらにして努力する機会する持てない場合はどうするか、という話です。

本書に登場する女の子たちのように、親から暴力を受け、学校にもまともに通えず、学歴も安定した仕事も持てない。

三つ子の魂百までの言葉通り、生まれながらこの競争社会で不利な状況に立たされている。生まれや家庭という、本人の努力や意志以前の問題によって、どん底から抜け出せない状況にいる。

もし、自分がこの立場だったら、多分、はい上がるのは無理かもしれません。

こんなふうに考えてこの本を読んでいると、とても恐ろしい気持ちになります。

「人生、思うとおりに生きたかったら努力する。誰かが何とかしてくれるのを待ってはいけない。自助の気持ちで、やるべきことをしていく。人生は自己責任。」

自己啓発書にはこのようなことが書かれてい、それは理屈としてはその通りかもしれません。努力もしないでいい思いをしようとしてもそれは無理な話(努力もせず最初から全てを持っている人もいますが)。

が、人生、努力以前、どうしようもならない場合もあります。

「人生が上手くいかないのは甘え」と単純化してはいけなくて、家族がいて、普通に学校へ行けて、生活できるのは、もしかしたら、すごい幸運なことなのかも。

今の世の中、一寸先は闇。不運はいつでも起こりえます。他人ごとと思わず、「今の日本には、こんな現実があるんだ」ということを知っておくことが必要なのかもしれません。

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