決断すべきときに決断すべきことをするということ

ボクは決めた!

人生は決断の連続。

決断を下すべきときに決断を下さず、ダラダラと先延ばししていると、それがいつかどこかで、大きなツケになって返ってくる。

近頃はそんなことを考えています。

直感は案外正しい

新しいことに挑戦して、そして成功か失敗か、何らかの答えを得る。

問題はそのときで、成功したことはそのまま続けて問題ありませんが、失敗したことをこれからどうするのか。

そこで正しい決断ができないと、いたずらに傷を広げてしまいます。

不思議なことに、人には直感というものが備わっていて、

「これはうまくきそうだ!」

と感じたことは、たいてい上手くいきます。

しかし、

「うーん、この先行きは厳しそうだ」

と感じたことはやはり同じように、どうにもこうにも上手くいきません。

それは努力したか努力しなかったか、そういうことは関係なくて、最善を尽くそうが何だろうが、結果はどうにも宜しくありません。

引き際さえ間違えなければ失敗も痛くない

私もここ数年、様々な新しい挑戦をしてきましたが、そこでスムーズにうまくいくこと。いくら頑張ってもどうにもならないこと。

いろんな成功と失敗を経験しました。

それで失敗したことのいくつかはスッキリケジメをつけてそれ以上の失敗を重ねないように手を打ちましたが、正直なところ、

「もっと早くから手を引いておけば良かった・・・」

と後悔していることもあります。

「これはうまくいきそうにない・・・」

と分かっていた。

しかし、感情に流されて下すべき正しい決断を下すことができなかった。その点、「まだまだ自分もダメだなぁ」といろいろ実感させられます。

失敗は長い目で見れば割に合う

とはいえ、一度心を決めて決断さえできれば、将来的に全てはチャラになります。

そして、手痛い失敗をしたということが、将来のどこかで、必ず役に立ってくるはずだと信じています。

同じような失敗をしようとするたびにきっと、「あのときはああなったぞ、忘れたか?」と自分の無意識が警告を発してくれるようになります。

それを考えると、深手にならない程度(致命傷)、失敗を積極的にしておくのも悪くはないような気がしています。

まぁ実際のところ、致命傷を受けるくらいの失敗をしても、そこで完全にノックダウンされない限りにおいては、なんとかなるもの。

不死鳥のように華麗に復活することはできないかもしれませんが、倒されても倒されても立ち上がる、そんなタフガイ的な復活はできます。

特に、痛みが強ければ強いほど、そこから得られる気づきも甚大です。

それはお金に換算することができない、人生一生の財産になります。この意味で、人生何歳になっても、失敗することを恐れてはいけない。

そのことを実感しています。

しかるべきタイミングでけじめをつける

ただし、先に述べたとおり、失敗が見えた段階において、決断すべきことをきちんと決断することはとても大切です。

失敗が完全に予想できているのに、奇跡を信じて下すべき決断を下すことができない。それは愚策。

だから失敗はしてもいいけれど、明らかに失敗が見えているのにそれに固執するのはNG。引くべきとき、いかに速やかに引くことができるか。

そこが大切なんだろうと思います。

結局のところ、どうにもならないことはどうにもならないし、奇跡が起こることは奇跡が起きます。

人生、

「頑張ったけどダメだった」

ということはたくさんあります。

だからこそ、「ダメになりそう」と分かった段階で、いかに迅速に撤退するか。つまり引き際こそが、最も人間力が試されるポイントなんだと感じています。

同じ失敗を繰り返さない

ということで、失敗を経験したときに大切なのはそこからしっかり学びを得ること。

そして、何が間違っていたのか。どこで引くべきだったのか。この失敗をプラスに変えるためにはどうすればいいのか。

そんな視点を持ち、自分なりに失敗から学ぼうとする姿勢を持つことが大切なのだと思います。

人生は長いもの。いろいろ経験するなか、傷一つ負わず生きていくことはできません(そんな人がいたらむしろヤバイ)。

だからこそ、傷つき倒れたときこそ、そこから必要な何かを学んで、成長していくベストタイミング。

この意味で、失敗や敗北は、決して恥ではありませんが、ただし、同じ失敗だけは絶対に繰り返さないこと。

それだけは肝に銘じたいものです。

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