人生の行く末を決めるのは日々の小さな行動だと思う

未来

2015年に始めた札幌暮らしもいよいよ半年。

北の大地で暮らすことになったからには、ここでしかできないこと、経験できないことをつかんでみたいと思い、いろいろ目標を設定。

新しいこと、今まで経験したことがないことをいろいろ始めてみましたが、時折ふと、「人生は不思議だな、10年後なんてどうなってるか分かんないなぁ」というような感慨にとらわれます。

新しく目標設定するにあたり、今までの人生を棚卸しして、人生の行く末がどちらへ進んでいくのか、ほんの少しでも検討をつけたかったですが、自分の人生を振り返ってみると、人生は予想外の連続。

「思えば遠くへ来たもんだ、これからどこまで行くのやら」と、ぼんやり考えてしまいます。

「人生」という謎

人生についての考え方としては、

1・人生は全て自己責任、自分が思った通りの人生になる

2・人生は運命があって、ある程度未来は決っている

こんな考え方があると思いますが、個人的には、人生は自分の意志で全てが決まっていくというより、それを運命と言うのかは分かりませんが、自分の意志意外の要素が人生を形作っているように感じています。

それは、自分の人生を振り返ってみると、強くそのことを感じます。

人生はほんの小さなことで行き先が決まって、偶然目にしたウェブサイトの記事、偶然本屋で立ち読みした本の内容、旅先で偶然知り会った人との出会い、いろんな偶発的な要素によって今の自分の人生があるのだと実感しています。

今のフリーランス暮らし(2012年~)もある意味偶然の産物ですし、札幌で暮らすことになった(2015年~)のも、そもそものきっかけは想定外、予想外のことからでした。

行動を起こしたのは自分自身ですが、行動を起こそうと思ったまでの過程は、偶然、想定外のことばかり。なので、「俺は人生100%、自分で決めて歩んできた!」と言えないのが正直なところです。

「今」小さい行動を起こすこと

もともと人生は順風満帆とは程遠いもの。人生は10代の頃、20代の頃思っていたものとは全く違うもので、思ってもいない場所で暮らしている。

20代の頃は、「これがしたい、これを実現したい!」と思いいろんな願望を抱いてきて、確かにそのなかで実現できたことはあります。

でも、本質的な部分は、自分が思っていたのとは違う人生になっているのも確か。人生の肝心な部分、自分の意志がどれだけ意味を成すのか、人はどのくらい人生を主体的に選択できるのか、個人的に興味を持っています。

ただ、未来は今の行動の結果であることは確かで、今の何気ない行動、偶然が先の未来を作るきっかけになるのは確かだと思います。だとしたら、今の行動に対して自覚を持って、その先のことを考えることが大切な気がしてきます。

だから後悔をしないために、したいことがあればやる、実現したいことがあればそれを実現できる可能性が上がることを1つでもやってみる、そんな小さな、主体的な努力が大切なのかもしれません。

人生は偶然に左右されるものかもしれませんが、今できることは何かある。その意味で、人生に選択権があるのも確かなのかもしれませんね。

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