『【新訳】徒然草』の読書感想 – いでや、この世に生まれては

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[新訳]徒然草

今も昔も、人が考えることは同じ。

吉田兼好著、ひろさちや訳『【新訳】徒然草』(PHP)の読書感想です。

この本について

「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」

こんな出だしで始まる隠者文学の傑作、『徒然草』。

この『徒然草』を分かりやすい現代訳にしたのが本書。

『徒然草』は「もう世の中がイヤになったよ、俺はそこから離れて、隠者になってマイペースに暮らすよ」的な古典だと思って興味を持ったのですが、原本を読む古典読解力は私にはなし。

そこで、分かりやすい『徒然草』の現代訳が出ているということで、この本を読んでみることにしました。

それで、この現代語訳の『徒然草』ですが、読んでみるといろいろ新鮮。

我々現代人が読んでも、

「世間にケツを振ってるとどんどん自分を見失ってしまうぜ、人のご機嫌とりばかりして、自分の言いたいことも言えなくなってしまうよ」(P22)

「あれこれ求めすぎては駄目だ、求め過ぎが我々の不幸の原因なのさ」(P40)

「友だちには良い友と悪い友がいる、用心したまえ」(P157)

という感じで、内容に違和感がなく、「そうだよなぁ」と共感できるところが多々。

時代、政治、暮らしの在り方、経済、いろんなものに違いはあれど、人間が考えることというのは、案外昔の人も今の人も、そう違いはない。『徒然草』を読むと、そのことに気づきます。

世の荒波にもまれて、様々な人間群像劇に揉まれていると、ときに人から離れ、どこかに隠れたい衝動を感じるときがあるかもしれません。

そこで一度距離を取ってみて、冷静に考えてみると、そこで初めて気がつくことがあります。距離を取ったらこそ見えてくるものがあります

世捨て人の話も、いや、世捨て人の話だからこそ、現実社会を生き抜く知恵がある。そんなことを感じた本でした。

本はこちら
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