『暮らしの哲学』の読書感想 – 悩むより、考える。

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暮らしの哲学

この世に生まれて生きること、それは結局のところ。

池田晶子著『暮らしの哲学』(毎日新聞社)の読書感想です。

この本について

エッセイ風の哲学書。

春夏秋冬、日々の暮らしのなか、自分とは何か、生きることとは何かを思索。読みやすい文章ながら、ときに何度も立ち止まって、じっくり自分で考えたい文章が満載の内容になっています。

以下、本書の読書メモです。

春という季節(P10)

春は別離の季節であり、始まりの季節。

春を迎えるということは、もう過ぎ去って還らないものがあるということ。だから春は痛みの季節であり、春に咲く桜が心に響く。

人生が苦しくなるとき(P17)

人が自分の人生に苦しくなるときというのは、今の人生がすべてて、これしかないと思い込んでしまうとき。

今これしかないから、もがいてしまう。自分で何とかしようとしてしまう。だから苦しくなってしまう。

でも実際、今の人生はこんなふうになっているのはすべてたまたま。たまたまこうなったんだから、それを自分でどうしようとか、頑張ってみても、どうしようもない。

40代について(P35)

40代は人生がちょうど半分終わった時期。ここから2つの人生態度が可能になる。1つは更なる生産拡大を目指す道。もう1つは整理、縮小へ向かう道。

「俺の人生はまだまだこれからだ」と思う人は欲しいもの、手に入れたいものを求め、拡大志向を強めていく。

それはそれで一つの生き方だが、最終的には欲しいものを手に入れることが何なのか、人生とは何なのか、そこをしっかり考えたい。

風景とは(P83)

風景とはすべて心象風景。

どんな風景も、それを見て感じているのは心。だからすべての風景は心象風景。主観も客観もなくて、心によって感じられる風景がある。

好き嫌いについて(P146)

人には人を突き動かす何かがある。好き嫌いもその一つ。

無理に理屈をつけるまでもなく、体感的、心理的な感覚として好き嫌いがある。そしてそれによって行動が影響されていくが、なぜそうなのかは明確に説明できない。

人は客観的中立的に物事を判断しているように思えて、実際はかなりの割合好き嫌い、嗜好性で物事を判断している。

この意味で、人は主観性の生き物であり、主観が世の中を動かしている。

年をとるということ(P228)

一般的に、人は年をとることをマイナスと捉え、アンチエイジングをしたりして、老化に抗おうとする。

しかし、年をとることで経験できること、学べることがたくさんある。体が衰え変化していく。そのこと自体が一つの貴重な経験であり、精神的な豊かさに気づくことができる。

感想など

哲学エッセイということで、サラッと読めるところはサラッと読みつつ、心に引っかかる文章は何度も頭の中で反芻しつつ読んでいった本。

個人的にはこちらのエッセイが良かったです。

・春に思う「この感じ」(P9)

・大人はあの頃を忘れてしまう(P24)

・言葉の力(P54)

話し言葉というか、哲学の本なのにとても読みやすい、しかし文章をそのまま辿っていくだけでは意味がよく分からない(というかそれでは読み方としてダメな気がします)ので、文章の区切り事自分なりに整理して考えていく。

そんな感じで読みやすいけれど時間をかけて読んでいきましたが、こういう読書は本当にいいなと思います。

ビジネス書だと文字を額面通りに読んでいくので、サクサク効率重視で読むことができますが、多分そんな読み方だと、この本の良さは味わえない気がします。

じっくり考えて、自分なりに答えを想像して読んでいくので、とても時間はかかるのですが、それがまた味わい深い。

時間をかけて自分で考える。それは本当に面白い。そのことが実感できる本でした。

本はこちら
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