本当に大事なものを手に入れるには時間と手間がかかる

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宝探し

4月もはや半分が終わり。

昨日よりは今日、去年よりは今年をモットーにしているので、いろいろ新しいことを始めたが、まだまだ暗中模索。どうなることやら。

昨年の2015年は自分の課題というか、足りないもの、欠けているものを認識させられた1年で、「今の暮らしは良いけれど、何かを変える必要がある」ということが分かった。

「ゆく河の流れは絶えずして」という世の中の真理通り、人生同じ状況は続かないもので、人生の段階段階、日々の暮らしのなかで変えていくべきことがあるのは確かなようである。

人生は絶えず変化していく

2014年までは自由気まま、「俺の人生も悪くないな」という満足感や充実感があって、20代の頃目標にしていたことの70%ほど実現。

それなりに達成感や満足感を獲得したものの、状況が変わって、「これでいいんだ!」という気持ちはあっという間に消えて、「これが足りない、あれが足りない」という気持ちが湧いてくる。

あるとき突然、人生において大切なもの、本当に価値のあるものがあることを思い出して、それを手にいれようとするも見失ってしまう。

お手軽なもので代用しようとしても上手くいかない。そして、本当に大切なもの、価値があるものって、得るのに本当に時間がかかることに気がつく。

パッとお手軽にできることは一瞬で価値を失って、長い目でみれば、ほとんど意味をなさない無価値なものだったことに気がつく。

手軽に代用できるものは、その程度のもの。最後には後悔するだけのことで、間違った行動は間違った結果しか生まないことに気がつく。

価値のあるものは簡単に代用できない

本当に大切なもの、価値のあるものを得ようとするのであれば、しかるべき場所で、しかるべきときまで待つことが必要なのかもしれない。

例えば、価値の高いヴィンテージギターが価値が高いのは、その希少性、木材のレベルなどいろんな要素があることはもちろんこと、長い時間をかけ、様々なプレイヤーに弾きこまれて、時間をかけて育てられたからだと思う。

ヴィンテージギターでも古ければいいというわけではなくて、ヴィンテージギターでも魅力を感じない音のギターもたくさんある。それはつまり、そういうことなのだと思う。

良いヴィンテージギターの音が現行のものと別格なものは、やっぱりそれだけ手をかけられているギターだと思う。丁寧に弾き込まれることによって音が育ち、独自のサウンドを生み出す。だから価値がある。

大切なもの、価値あるものほど、そこには手間、時間、いろんなものが込められていて、その価値を手っ取り早く手に入れることはできないものなのだと思う。

手軽なものはそういうもの

今の世の中、「もどき」ならお金さえあれば簡単に手に入れることができる。

それはほんの僅かな時間だけ、価値のあるものを得たかのような満足感を与えてくれる。しかし、それは砂浜に作る砂の城のようなもの。一瞬で失われてしまう価値のないものだ。

本当の問題から目を背け、手軽なもので代用する。それによって、多少気は紛れる。でもそれはいつも不満足感と虚しさが伴う。「何かが間違っている、これではダメだ」という本心はごまかせないだろう。

そこから抜け出し、価値のあるもの、本当に意味があるものを手に入れるためには、動くしかないのだと思う。結局はそこしかないのだと思う。

行動を起こすことは、自分の未来に自分で道を敷くことだ。大切なもの、価値のあるものをつかもうとするなら、安易な手段を選んではいけないのだと思う。

時間や手間はかかるかもしれないが、必要な時間と手間をかけ、ゆっくりコツコツやっていくことが大切なのだと思う。

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