何かが欠けていることに気がついたときは新しい変化を起こすチャンスかもしれない

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考える

2016年になり気がつけばもう3月。札幌も、2月とはうって変わって、青い空が広がる晴れの日が増えてきました。

今のところ仕事は順調、4月からは新しい習い事も始め、札幌での暮らしをより楽しもうと計画中。20代の頃に比べていろんな面で人生はマシになっていますが、まだまだ改善すべき問題、したいと思い実現できていないこともいくつか。

2015年はいろんなことを経験、たくさん失敗もしました。それによって自分の課題というか、欠けているもの、「これはしっかり考えておかなければいけないな」という問題を認識させられた1年になりました。

2016年はその課題を全力で解決したいところですが、その解決法は全く未知数。仕事もライフスタイルも満足していますが、人生は何かが欠けてしまう、思い通りにいかないものがあるのが自然なのかもしれません。

人生は自由意志なのか、それとも

「○○になりたい」

「△△を実現したい」

「☓☓を手に入れたい」

20代の頃はそんな漠然とした希望を持っていて、そのいくつかは、幸運にも実現することができました。

でも、その途中でいくつも想定外のことが起こって、今はあの頃の自分が考えたこともない場所にたどりついている。そんな現実を目の当たりにすると、人生は本当に分からないものだとつくづく思います。

20代の頃は、30代になった自分がこんな暮らしをしているなんて夢にも思わなかったし(なりたい職業があってその仕事で平凡に暮らしていくと考えていました)、北の大地で暮らすことになるなんて、想像もしていませんでした。

「自分がこうしたい」と思っても上手くいかないことがあって、でも自分が考えていなかった場所に立つことになる。

それが人生なのかもしれませんが、年を重ねれば重ねるほど、人生とはなんぞやと自問自答。女房も子どももいませんが(2016年時点)「思えば遠くへ来たもんだ、この先どこまで行くのやら」と、近頃は朝起きる度に考えています。

成長すれば課題も増える

「大切なのはただ生きることではない、より善く生きることだ」

とある哲学者が言ったそうですが、これは本当にそうだなぁと思います。

20代の頃に「こう暮らしたい」と漠然と考えていた生活を手に入れて、したいことはだいたいでき、その意味でとても運がいいのは確か。

20代の頃より仕事も上手くいき、生活は順調。時間の自由があって、独身なりにしたいことはほぼできる。それはとてもありがたいことだけど、何かが欠けている。より善く生きるためには何かが必要だと感じるこの頃。

そういえば、昔読んだ本のなか、「人生はステージごとにしたいこと、やるべきことが変わっていて、それぞれのステージごとに課題とや宿題がある」ということが書かれていましたが、確かにそういうものなのかもしれません。

それを成長というか何というのかは分かりませんが、同じような状態で同じようなことを続けても意味がないのかも。状況の変化に応じ、常に自分を変えていく、現状から抜け出していく、人生はそういうものなのかもしれません。

さて、もうすぐ4月。新しいことに挑戦するにはいい季節。新しいことに挑戦して、新しい何かが起きないか、少し楽しみにしています。

さぁて、スタジオ行ってアコギでガンガンやるかな。

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